【第4話】 第四の壁
【 現実世界 14:20 】
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株式会社ハケン・キャスト本社ビル
4階 東西連絡路
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その扉の名は『第四の
フィクションで大銀行の最奥にある金庫に付いてるような、あのいかにも厳重な扉だ。
「支援課課長の徳川フランケンです」
近付いて徳川が名乗ると、門からインターホン越しのような返答がある。
『合言葉は?』
この会社には、とにかくそれが多い。
それとは、上層部が『付加価値』と呼び、部下が『無駄』と呼ぶものである。
だから中間管理職である徳川はその中間、手間と呼んでいる。
この手間、馬鹿馬鹿しいなと思いながら、徳川は答えた。
「ひらけごま」
株式会社ハケン・キャスト本社は、並び立つ7階建てのビル2棟から成る。
その内、支援部支援課や喫煙所は東棟に、そして徳川が用のある営業部架空営業課は西棟にあった。
2棟を行き来するには、一度外に出る他に、4階にある東棟と西棟を繋ぐ連絡通路を通る方法がある。
つまり本社は4階のビルとビルを繋ぐ連絡通路によって、横から見るとアルファベットの「H」の形になっていた。
狙ってか偶然か、ハケンの「H」である。
その「H」の横棒──連絡通路の真ん中に設置されている金属扉こそが、『第四の壁』だった。
徳川の合言葉を受けて『第四の扉』はガチャゴチャと複雑な知恵の輪パズルの様に動き、30秒ほどかけ、ふたつに割れるように開いた。
無駄ならぬ手間のかかった開閉だ。
その扉の向こうには、甲冑姿の男が立っていた。
「こんにちは、徳川課長」
男──〈守衛〉サキモリは甲冑を鳴らしながら両手を広げ、快く徳川を歓迎する。
「
「ん、まぁ……そうか?」
徳川は懐から社内デバイスを取り出して画面に『社員証』を表示されるとサキモリへ提示する。
それにしても、最初から『第四の扉』をこの社員証で開くようにすれば済む無駄、いや、手間だと思う。
何が合言葉だ。
「そうですよ、久々です。支援課の方々はよくいらっしゃるか、殆どいらっしゃらないかに二分されますから覚えやすいんですよ〜」
そんな事を言いながらサキモリは徳川の社員証を確認すると、「確かに」とカチャカチャ頷いた。
彼の仕事は『この門を守ること』、ただそれだけだ。しかし何から守るのか、そもそも守るとは何なのか、それは彼を生み出した主を含めて誰にもわからない。
社内にある門の門番とは何なのか。
彼が持つ
無駄……いや、手間……いや、流石に無駄じゃないかこれは?
「お久しぶりの徳川課長には改めて西棟の注意事項について説明させていただきますが──」
その時、凄まじい爆発音が轟いた。
西棟の階下の方からである。
「な、なんだ……!?」
徳川は目を白黒させる。
続いて、声が聞こえてきた。
「何の音だ!!??」
「〈発明王〉だ!!! また失敗しやがった!!!!」
「あの野郎!!!! 大人しく
煙。怒声。スプリンクラーの音。
「あちゃー、またか」
しかし隣で困った様子で頭を搔くサキモリには混乱の色はなく、爆発そのものには慣れている風のリアクションである。
「サキモリ、これは……」
「こんなのは西棟では日常茶飯事ですよ、徳川課長」
そしてサキモリは徳川の持つデバイスを指さす。
「注意事項ですが、西棟ではそのデバイスを肌身離さず持ち歩いてください。それは安全装置を兼ねていますので、持っている限りここでの出来事は全て『よく出来たホログラム映像』です。しかしひとたび手放せば、課長は我々フィクションと生身で接触できてしまいます」
「んむ、そういえば接触できてしまうと……どうなるんだ?」
「どうなる、というか……どうなっても知りませんよ? 例えば、あの爆発に巻き込まれれば木っ端微塵になりますね。ギヒヒ、課長が本物のゴーストになってしまうかもしれません」
サキモリのジョークは笑えなかった。
冷や汗をかいた徳川は、慎重にデバイスを内ポケットにしまう。
(むぅ……。しかし、社内デバイスか。役に立つこともあるのだな)
時に、株式会社ハケン・キャストの社員に配られる社内デバイスとは、一昔前にスマホと呼ばれていた物である。
かつては人々の必需品だったが、埋め込み型の有機デバイスと空中ディスプレイが一般化された今の時代には、スマートもフォンもなかった。
この小さな箱を未だプライベートに活用している人間は最早皆無といって良いくらいだ。
では何故この会社ではそれが使われているのかと問われれば、やはり上層部は『付加価値』と答え、部下は『無駄』と答え、そして徳川は『手間』と答えるしかないのであった。
2030年になれば人類の労働時間は3時間になると予言した経済学者は、その更に50年後の今を見て何を思うのだろうか。
生産効率が跳ね上がった現在、かつては1ヶ月かけて作られていた製品も1日で作れるようになった。
ところがその結果、全く同じ2つの製品のうち『敢えて1ヶ月掛けて作った』方の製品の価値が跳ね上がる未来が訪れるとは、誰にも見抜けなかったに違いない。
今や『回り道』のブランド化時代。
『一つ一つ丁寧に心を込めて手作りしました』が経済を回す社会。
あらゆる業界がどれだけ立派な無駄、ないし手間を掛け、商品に付加価値をつけられるかの競争に躍起になっていた。
巷に溢れるローテク賛歌、敢えてする苦労万歳。
徳川にはどうにも極端に思えて仕方がない。
だが、株式会社ハケン・キャストという会社は、その流れの先頭を走る企業だ。
例えば、支援課へ配属されるために必要な能力は『タイピング』である。
思考を直接文字として出力する技術が開発されて久しい世の中だが、それ故にキーボードで文字を打てる人材は減少し、タッチタイピングの使い手であることがある種の
なぜならそれは無駄だからであり、
即ち手間がかかるのであり、
よって付加価値がつく。
要するに、全く同じ内容の文章でも『手打ち』の方が売れる時代だった。
(……誰かが『努力が報われる時代』だと言っていたな)
まるで芯を食っていない。
『努力を声高に謳って商品価値を吊り上げる時代』と言い換えるべきだ。
報われない努力は依然ある、徳川はそのことを身をもって知っていた。
「ああ、そういえばつい先程コジカさんも西棟にいらっしゃいましたよ」
サキモリにそう言われ、徳川の意識は現実へと引き戻される。
「む、コジカが?」
徳川は
そしてその際に、コジカが姿を消しているのを確認している。
デスク上のノートパソコンも共に消えていた、お手洗いと言う訳では無いだろう。
気になったものの、徳川はそのまま連絡通路へと向かった。
支援課の業務は比較的自由が利くため、気晴らしに東棟1階の喫茶などに行って仕事を進める社員もいる。
事態が事態だから、コジカも社内の何処か別の場所で集中したかったのだろうと考えていたのだが……。
「ええ、なんでも『
サキモリは腕を組んで首を傾げる。
(んむ、恐らく俺がデバイスの記録を上層部に閲覧される可能性を指摘したからだな。黒幕に状況を把握されるのを嫌ったか)
「……ん? 『
「そういうことになりますね」
先程の爆発、木っ端微塵。
徳川の頭に最悪の想像がポップした。
「いやいや、コジカさんがデバイスを持っているのは私が確認しましたよ。少なくとも、ここを通る時までは。ギヒヒ、けどもしどこかで落としていたら……?」
「んむ、やめてくれ」
徳川は溜息を吐く。
サキモリは冗談のつもりだろうが、そそっかしいコジカがデバイスを落とす姿は容易に想像できた。
コジカの身は気がかりだが、架空営業課はここより上の5階にある。
上層部が黒幕なら、猶予はあまりないかもしれない。
徳川はサキモリに見送られながら、階段を上った。
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