《第4話》 ストーリー分岐

【あらすじA】

 ジョーの助けを借りながら春木と鈴蘭は異世界で万能薬を見つけ、鈴蘭と、ついでに春木の病気は完治。

 なんやかんやで二人は元の世界に帰還する。


【あらすじB】

 異世界で二人過ごす内、春木は鈴蘭を愛するようになってしまった。その結果、春木は余命について嘘をついたことを、ますます鈴蘭に言い出せなくなってしまう。

 やがて春木と鈴蘭は異世界で万能薬を見つける。

 ところが、その薬は一人分しかなかった。

 異世界で一緒に過ごす内に、自分もまた春木を愛するようになっていた鈴蘭は、薬を春木に渡そうとする。当然春木はそれを拒むが、鈴蘭に嫌われたくない彼は、どうしての余命のことを言い出せない。

「私のせいであなたが死ぬのは嫌だ」

 鈴蘭は、春木が憂いなく薬を使えるようにと自ら命を絶ってしまう。

 最初は鈴蘭を傷付けないためだったはずの嘘が彼女を殺してしまったことに絶望し、後を追うように春木もまた命を絶つのだった。




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   【  現実世界  13:50  】

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   株式会社ハケン・キャスト本社ビル

         東棟4階 

        支援部支援課ゴースト

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 時刻は、徳川が田中と喫煙室で落ち合う為にオフィスを出たところ。

 デスクに戻ったコジカは、片耳にイヤホンをつけながらホっと息を吐いた。


 コジカは徳川に全てを打ち上げた時点で上層部に報告されることを六割ほどは覚悟していた(因みにそうなった場合は……大真面目に、ノートパソコンを抱えて社内を逃走しようと考えていた)。

 黙っていようにも、課長は部下の仕事経過を常時デバイスで確認できる。

 もし徳川がコジカに何も打ち上げられていない中、今回のイレギュラーを発見してしまった場合、即座に本件は『報・連・相』されてしまうだろう。

 そのリスクを鑑みれば、コジカは徳川に分の悪い説得を試みる他なかったのだ。しかし、まさか説得に成功するどころか、調査にまで乗り出してくれるとは思わなかった。


(……課長のこと、今まで見た目で怖がり過ぎてたかな)


 そんな反省をしつつ、コジカはノートパソコンにメッセージを打ち込んでいく。


 [虎鹿]

  お待たせしました。ひとまずこのままの路線で進めることになりました


 送り先は『針が12時を指す前に』の〈二刀流〉ジョー・ハウンドである。

 このメッセージは、彼が装着したインカムに音声として届けられる。


 [虎鹿]

  ゴブリンさんを帰還させ

  情景設定を『夜』と『街』に変更しようと思いますが、構いませんか?


 ちなみにコジカのパソコンにはいくつかのウィンドウが開いていたが、その画面中央には、監視カメラが映しているような俯瞰の動画が表示されている。

 カメラは、木々生い茂る森の中で佇む4人の姿を捉えていた。

 間もなくして、耳に装着したイヤホンからはジョーの音声が流れてくる。


『待ちくたびれたぜ、コジカ。取り急ぎそれで頼む』


 ジョーの了承を確認したコジカは、タタンとキーを叩いてゴブリンを本社へと帰還させ、そのまま場面を『街』へと移す。

 ディスプレイに表示された映像は一瞬で切り替わる。

 ゴブリンの姿は消え、3人はいつの間にか無人の西洋街に立っていた。


 そしてイヤホンから二人──春木落葉と鈴蘭涼──の、慌てふためく声が薄っすら聞こえてくる。映像からも二人が腰を抜かす様子が見て取れた。

 こちら側からすれば、指先一つのことなのだとしても……。

 向こう側からすれば、正しく天変地異の出来事なのである。


『コジカ。後でログを確認してほしいんだが、まずは報告だ』


 とはいえ、流石に慣れているジョーは冷静だ。

 二人が驚いている隙にとばかりに、声を潜めてインカム越しに語り掛けてきた。


『まずゴブさんのお陰で凡そ二人に話はついた。そんで、これから完結に向けて一丸になって頑張ろうぜ、っつーことにはなったんだが、その前に落葉が妙な事を言い出してな』

 

[虎鹿]

 妙な事?


『僕達って何者なんですか?──だとよ』


 それを聞いた瞬間、コジカの思考と指がピタリと止まる。

 サッと、頭から血の気が引く音すら聞こえた気がした。


『……やっぱまじぃよな? 一応、その場は濁して誤魔化しておいたぜ。ただ嫌な予感がしたんで、落葉と涼に個別で今後のストーリー展開案を聞きだしてみた。結果をまとめておいたから目を通してくれ』


 ジョーが言い終わるのと同時に、コジカのパソコンに新たなウィンドウが開いた。

 表示されたのは『針が十二時を指す前に』のストーリー案2つ──【あらすじA】と【あらすじB】。




「【A】が落葉の案で【B】が涼の出した案だ、依頼主2人で明確にスタンスが割れてる。コジカ、率直に意見を聞かせてくれ」







   《  ウタカタセカイ 13:50  》

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      『針が12時を指す前に』  

         情景:街

         時刻:夜

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『個人的な意見ですが、ストーリーとして面白いのは【B】だと思います』


 ジョーのインカムにコジカの音声が届く。


『愛し合う男女が些細な行き違いで悲惨な末路を辿るのはロミジュリの頃からの王道です。元の世界で春木さんが鈴蘭さんを慮って吐いた嘘が愛故に利己的なものに変質するというのも面白い』


「相変わらずバッドエンド好きだねぇ」


 落葉と涼は無人になった夜の街を探索しており、ジョーは今一人だった。


「ただ、そういうことじゃなくてよ」


 街灯にもたれながら、キザに首を横に振る。


『わかっています、【A】の方ですよね』


 コジカの声は冷静に聞こえるが、それは打ち込んだ文字を音声に変換しているからであり、現実世界の方では狼狽しているに違いないとジョーは思っていた。


『簡潔で、まるで零課マキナのシナリオです。それだけなら春木さんがハッピーエンド志向かつ物語の細部を気にしない性格である、と、そう受け取るところですが。例の質問を加味すると、別の見方ができるかもしれません』


 躊躇うような間を置いて、コジカは続けた。


『春木さんには、が機能していない可能性がある』


「……なぁ、コジカよぉ」


 星と月が満天に瞬いていた。

 その空は作り物と言うには野暮な程美しかったが、ジョーはとても黄昏られるような気分ではかった。


「どうして俺達を強引に異世界転生させた? 派遣ミスに加えてこれだ、いい加減看過するにゃあ不可解すぎるぜ。そっちで何が起こってんだ?」


 しかし、コジカからの返答はない。ジョーは肩を竦める。


「だははっ。ま、いざとなりゃ、昔の俺が終わらせりゃあ良いか!」

『駄目です』

「んっと、やっぱそれか」


 返答はない、それが答えだった。


「なるほど、あらかた察したぜ。『そっちの事情』とやらを聞けば、俺がそれを言い出す可能性があったんだな? だから問答無用だった訳か」

『申し訳ありませんでした』

「や、相棒に気ぃ使わせた俺が悪い。すまねぇな」


 ジョーはひとつ伸びをすると、よしと一人頷いた。


「わーったよ、そっちはそっちで考えがあんだな? じゃあこれ以上は聞かねぇよ、現実の事はお前さんに任せるぜ。俺は『針が12時を指す前に』の今後と落葉についてだけ考えることにした!」


(つか正直、それだけで手一杯だ……!)


 落葉の件は気がかりだが、それを抜きにしても『針が12時を指す前に』今後の展開を詰めるだけで大仕事だ。

 まず二人の【あらすじ】にはジョー・ハウンドが登場していないという問題もある。


「2人が探検から帰ってきたら、コジカも混ぜて今後について詰めていきてぇんだが、その前に……ハッピーエンドにせよバッドエンドにせよ、2つの【あらすじ】に共通してるのは『万能薬』っつーアイテムだ。今後どっちに舵切るにしろ、これが出て来ねぇって展開はねぇと思う」






「つーわけで、コジカ……『便利道具マクガフィン』の申請を頼んだぜ」

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