―第4話― 誰が為の嘘
ジョーに案内されて無事にベラムの森を抜けた僕達は、そこから更に道を歩き、日が暮れる頃になってようやく、街へと辿り着いた。
そこまでの道中、僕はジョーにこの世界について根掘り葉掘り聞きだした。歴史、地理、政治体制に物理法則──ジョーからすれば面倒極まりない質問のはずだが、彼は嫌な顔一つせずにハキハキと答えてくれた。
で、やっぱりここは
僕等が現在いる場所は、この世界で最も巨大な大陸の一地点だそうだ。
大昔、この大陸は先のゴブリンの様な魔物達、それらを統べる魔王と呼ばれる存在が支配していた。
人族は弱く、家畜のように虐げられていたらしい。
まさに人類暗黒の時代。
そこに彗星のように現れたのが、英雄ウロターモである。
曰く、彼は『異世界からやってきた』……つまり、転生者なのだという。
日本か、あるいは別の国かはわからないけれど──僕達の世界から此方にやって来たのだろうか。だとすれば、僕等からすれば先輩ということになる。
僕達は、異形であるゴブリンを見ただけで大きなショックを受けた。ならば、それに支配されている人間を見たウロターモの衝撃は、僕達以上だったに違いない。
猿が人類を支配する惑星に不時着する──そんな古い映画を思い出した。
人族を救うため、ウロターモは立ち上がった。
ウロターモには神から授かった『魔物を支配する不思議な力』があったのだ。
恐らくは、いわゆるチート能力である。
彼は三匹の魔物──『ビキ・グッド』『ビキ・ドーバ』『ビキ・キンモ』を供として魔王城へ攻め入り、悪しき魔王を討ち滅ぼした。
かくして大陸の主権は人族のものとなり、魔物達の多くは森や山に隠れ住むようになった。人類を凌駕する知恵を持っていたらしい魔物達も、そうするうちに大半が知性を失い、今や人語を介するだけの獣へと成り果てたのだという。
──「ゲヘヘヘヘ……オ、オデ……ニ、ニ、ニ、ニンゲン、クウ」
人語を介するだけ──あのゴブリンの様子を思い返せば、確かにそんな感じだった。
以上の話をまとめた『ウロターモ叙事詩』は、公式には大陸の『正史』として扱われている。だから『転生者』という概念は広く知れ渡っている、という訳らしい。
「だははっ! つってもそんな話、俺は眉唾だと思うけどな。大半がこの国のフカシだろーぜ!」
そう言って、テーブルの向かいに座るジョーは、麦酒を喉に流し込んだ。
ここはジョーが宿泊している宿の一階にある酒場である。
僕たち二人は今日はこの宿でお世話になることになった。宿代も食事代もひとまずジョーが立て替えてくれるそうで、本当に何から何までありがたい。
ところで、もういい時間だが、酒場には他の客は一人もおらず閑散としている。
森から街までは誰とも会わなかったが、一応この街に着いてからはそれなりに人(ファンタジーチックな……いわゆる亜人は、今の所見ていない)とすれ違い、患者衣の僕と鈴蘭はジロジロと好奇の視線を浴びた。
街に人はいるのだから……単純に流行っていないのだろうか。
不愛想な宿屋の主人は奥で料理を作ってくれている。
この場にいるのは、僕ら三人だけだった。
「フカシ……?」
ともかく僕が尋ね返すと、ジョーは悪戯っぽい笑みを浮かべて「おう」と答えた。
「この大陸は今、ひとつの大国が支配してんだよ! で、代々の国王はウロターモの子孫ってことになってる。ま、平たく言やぁ権威って奴だな。……こうなると、疑いたくなるのが人情ってもんだろう? ウロターモ叙事詩ってのは俺も読んだんだが──読み物としちゃ面白い、ただちと
「支配を正当化するための嘘……ですか」
「そーゆーことよ! そして俺の持論は本日、魔物を支配する力はおろか戦う力すらなさそうな『転生者』と出会ったことで補強されちまったっつーことだ! だっはっは!! ウロターモってのも案外大した力なんて持ってなかったかもしれねぇぜ? 他所からやって来て右も左もわかんねぇのを良い事に、周りから国父に祀り上げられちまっただけかもな!!」
ジョーは上機嫌に笑った。
確かにあり得そうな話だ。面白かったので、僕も「あはは」と笑う。
しかし、僕の隣に座る鈴蘭は、納得のいかない表情で眉を顰めると、言った。
「何それ、ズルくない?」
ジョーと僕は、彼女が自分から口を開いたことに、少し驚いた顔をした。
鈴蘭はここに着くまでの道すがら、ロクに言葉を発さなかったのだ。
「だって、嘘なんじゃん。王様がみんなを騙してるんでしょ」
「んにゃ、そう単純でもねぇさ」
ジョーは少し真面目な顔をして、麦酒の瓶をテーブルに置いた。
「そりゃこの国だって大小色んな問題を抱えちゃいるが、余所者の俺からすりゃ、でっかい割に安定してると思うぜ。よくやってる方だろ。んで、それは勿論、救世伝説に裏打ちされた『正当なる王家』が大黒柱の役割を果たしているからだ。この大陸全土を治めるなんて並じゃ足りねぇ、デッケェもんを支えようってんなら大きくなけりゃな!」
鈴蘭はじっとジョーの顔を睨むように見て、返す。
「必要、嘘でもいいってこと?」
「おう、俺はそう思うぜ。こういう話をしといてなんだが、世の中には『誰かの為の嘘』がある。結果的に誰かの為になってる嘘もな? そういう欺瞞は、素面の時は見逃してやって、偶に酒飲みながら馬鹿笑いして揶揄するくれぇが丁度いいのさ」
「……何それ、嘘は嘘じゃん」
僕にとっては耳と心の痛い話だった。
『誰かの為の嘘』……僕が吐いた嘘は、鈴蘭の為になっているのだろうか。なっていたとして、それはいつまで続くのだろう。
訳もわからず異世界に来てしまって、その問題の大きさに整理がついていないからか──『鈴蘭の余命』と『僕の嘘』という歴然とした課題の方が、今の僕にはずっしりと重かった。
「ジョーさん」
鈴蘭はまだ納得のいかない表情をしていたが、僕は無理やり話を変えた。
それにひとつ、ジョーの言葉に気に掛かったことがあった。
「余所者って、ジョーさんがですか?」
「ん? あっ、言ってなかったか!」
ジョーはジョリジョリと無精ひげが生えた顎を撫でると、少し勿体つけてから答えた。
「……俺は大陸とは別の小さな島国出身でよ。とある噂を聞きつけて、この国に探し物しに来てんのさ」
「『探し物』?」
「そうそう、ベラムの森なんかを探索してたのもその為だ。……なんつーか、言った通りこの国は元々魔族の領土だった。んで、魔族ってのは名前の通り魔法に長けた連中でよ、かつては知恵もあったってんで、昔は色々と不思議な『魔法アイテム』を作ってたらしい。それも、人族じゃ再現できねぇような、とんでもねぇ効果を持ったアイテムをな。そういう
ジョーはまた瓶を手にしてグイっと酒を飲むと、陽気に笑った。
けれども、その笑顔は今日見たジョーの表情の中で唯一、嘘くさい印象を受けた。
「けど、ジョーさんはその不確かな噂を信じて……その魔法のアイテムを探しに来たってことですか?」
「……ん、ま、その通りだ」
僕の言葉を聞いて、ジョーは笑顔を崩す。
そしてテーブルに置いた赤いカウボーイハットを手に取ると、顔を覆うように深く被って続ける。
「どうしても手に入れてぇアイテムなのさ。正直言やぁ……『藁にも縋る』ってやつでよ。だが、二年は探して、手掛かりらしいもんは全部空振り。加えて故郷からの便りじゃ、もうあんまし時間が残ってねぇらしい。期限はあと『1ヶ月』ってとこかね」
空になった瓶が机に置かれる。
ジョーの声音は、わかりやすく消沈していた。
「それ、どんなアイテムなんですか?」
「……笑うなよ?」
「──どんな病も治しちまう『万能薬』だとよ」
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