《第3話》 先輩

   《  ウタカタセカイ 13:30  》

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      『針が12時を指す前に』  

         情景:森       

         時刻:昼             

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 ──『ベラムの森』

 現実時間軸でいえば、丁度徳川とコジカが会話をしていた頃のことである。


 物語上は街に向かうことになった落葉達だったが、コジカが徳川への報告を終えるまでは、それ以上物語を進めることは出来なかった。

 場面転換がまだの現在、は未だ森にとどまっている。

 しかし、彼等の間に漂うどことなく明るくない雰囲気は、決して森の暗さのせいではなかった。


「──おし! 折角時間が空いたんだ、ちょっくら今後について話し合おうぜ!」


 ジョーが切り出すが、それを聞いた涼は不満そうに頬を膨らましてそっぽを向く。


「何が『今後』よ……もういいって、どうせ私達に拒否権なんてないんでしょ」


 涼は完全にへそを曲げていたが、それは無理もないことだった。

 この作品が依頼したキャラクター派遣サービスが『完結代行』であったと判明して、すぐさまコジカは二人を異世界転生させる決断を下し、実行しっぴつに移した。


「はぁ、いきなり雷が落ちてきてさ……気付けば森の中で──あのね、やるしかないからやったけど、私が『表』でした反応は殆ど素だからね? 本当に茫然としてたの! 私はっ、なんっにも、納得してないからね!?」


「はっはっは、そりゃそうだわな」


(……本当にそりゃそうだわな!! 説明も説得も全然途中だったからな!? どうしたんだよコジカァ! こんな強引なやり方らしくねぇぞ!?)


 ジョーが髪とカウボーイハットで隠しながら装着している小型のインカムは、この架空の世界と現実の世界との間で通信を行うことができる特殊なアイテムだった。

 派遣社員キャスト支援担当ライターの職員と連携を取る為のもの──ところが今回、コジカはジョーに相談も連絡もせず、独断で全員を転生させた。


 その後はジョーが何度尋ねても『言えません』の一点張りである。

 かといってインカムに喚き散らすのはジョーのキャラじゃない。こうなった以上は仕方が無いと一応ここまで話を進めてきたが、内も外も連携はガタガタで、この先の限界が目に見えていた。


(クソ……何か言えねぇ理由があるのか? 向こうじゃ何が起こってんだ!?)


 ジョーにはコジカが異世界転生を強行した事情や、それをジョーに共有しなかった理由など知る由もなかった。

 そして行動から動機が引き算されれば、そこには結果だけが残る。

 落葉と涼が、なし崩し的に転生させられる形になってしまったという……結果だけが。


「ま? どうぞお好きに? 私達の作品を滅茶苦茶にしてくださいな?」


 ジョーにとっては唯一幸いなことに、絵にかいたように不貞腐れている涼に対して、落葉の方は比較的冷静に現状を受け入れているようだった。


「鈴蘭さん……お、落ち着いて」

「ふんだ! し~らない、春木君もなんだか乗り気で転生系主人公やってたじゃん。何がチートだ! ばーかばーか! 嘘つきのカス! 余命詐称野郎っ!!」

「うっ……」


 だが、落葉は轟沈した。

 本編の内容が内容だけに、落葉は涼に強く出られない。


(そこ二人まで揉め出したらもう収拾つかねぇよ! 頼むから謝らせてくれ……!! 弁明させてくれ……!!! そんで皆で力を合わせよう、なあ!?)


「だっはっは! いや参ったな!!」


 だが、できない。


「むきっ!! ジョーもさっ、何をずっと笑ってんの!? 言っとくけど、やらかした方が余裕な感じ出すの、すっごい感じ悪いからね!!」


 ジョーは「言うねぇ」といった感じで口笛を吹かした。ピュー、と。……もう『キャラを保つ』がこれで合っているのかも、自分でよくわからなっている。

 ああ、これほど自身の性格キャラを足枷に感じたことはない。


 そんな風に、にっちもさっちもいかなくなってきた時だった。




「この度は弊社の手違い、および不手際で多大な迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません」




 見かねた四人目──が、口を開いた。


 そのあまりにも淀みなく流暢な喋りの衝撃に、落葉と涼はあんぐりと口を開け、石の様に固まる。

 二人とも、確かに「なんかいるな」と……「そういや、肉片からいつの間にか復活しているな」と思っていた。

 だが、何をするでもなく無言で突っ立っていただけだったから、そういうものかと受け入れていた。


「───喋ったぁ!?!?!?」


 涼は叫んだ。


「い、いや! しゃ、喋ってはいたよ!? 『ニンゲンクウ』とか!」

「『シネエエ』とかはね!? そうだけどさっ!!」


 動揺する二人に、ゴブリンはペコリと頭を下げる。


「失礼、挨拶が後になりました。私、SS部二課エキストラのゴブリンと申します。職務上の事由により名刺がありませんので、口頭での名乗りになりますが、お許しください」


 顔を上げたゴブリンは、どこに隠し持っていたのか眼鏡をスッと取り出して、顔にかけた。……たったそれだけのことで、ゴブリンは木っ端の雑魚から、一気に理知的なイメージに様変わりする。

 その淀みのない所作には、見る者に襟を正させるような圧があった。


「ところで、少々出しゃばらせていただいても宜しいでしょうか?」

「えっ!? あっ、はい……?」


 混乱に呑まれて、思わず涼は了承してしまう。

 俄かに緊張感が高まる中、ゴブリンはジョーの方を一瞥すると、語り始めた。


「ではまずは一つ、此方側の事情をお伝えしたく存じます。そこの〈二刀流〉ジョー・ハウンドですが、職務上の事由により平時の言動に様々な制約がありまして、端的に申し上げますと『慌てること』や『謝ること』といった、『どんな時でも飄々とした快男児』という自己同一性アイデンティティを崩す行為全般を取ることができないのです。その為、不快に思われることも多々あったでしょう。代わって謝罪申し上げます。ですが、それは彼の決して本意ではないことを、どうかご理解ください。本心では彼も今回の事態を重く受け止め、今後の対応を真剣にお二人と協議したいと考えていますので」


「は、はい……なんか、ご丁寧に……どうも」


 石のナイフを持ってニタついていた時よりも、物腰丁寧なゴブリンの方が遥か怖かった。

 というか、物腰丁寧かつ理知的な大人はそれだけで怖い。 

 ゴブリンかどうかはもうあまり関係なかった。

 すっかり威勢を削がれた涼は恐る恐る頷くと、チラっとジョーの顔を見た。ジョーは色々と意味を込めて、笑顔ながらも頷き返す。


「寛大なお返事ありがとうございます。それでは次は、現在発生している一連のトラブルに関して、ひとつひとつ整理させていただきたいと思います。今後の対応については、その後ということで」


「……お願いしまーす……」


 涼は素直に耳を傾けてくれそうだった。

 ありがたい。その光景に、ジョーは心から感謝した。

 なんて頼りになる先輩なんだ。……背中から四つに斬ったのが、思わず申し訳なくなりそうになったくらいだった。


「あの、その前に一つ良いですか?」


 だが意外なことに、ここで落葉が手を挙げて流れを遮り、ゴブリンへと尋ねる。


「……こんなこと聞くの、今更なんですけど」





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