【第2話】 陰謀かもよ
【 現実世界 13:40 】
◤====================◥
株式会社ハケン・キャスト本社ビル
東棟4階
支援部
◣====================◢
「To be continued ...、じゃないだろ……!」
コジカ達による『加筆』分を全て読み終えた徳川は、くらくらする頭を抑えながらも、なんとか言葉を絞り出した。
「コジカ、なんでこんなことを……」
「い、言った通りです、徳川課長。上層部の決定に、ジョーさんの心情や矜持が加味されることはないとわかっていたので」
コジカは言葉に詰まりながらも、真っ直ぐに徳川を見据え、力強く続ける。
「──ど、独断でやってしまいました……!」
「むぅ…………や、やっちまったか……!! ……そ……そうかぁ」
真っ当な上司ならば「馬鹿者!」と怒鳴りつけるべき場面かもしれなかったが、徳川は厳めしい外見に似合わず人を叱るのが苦手な男である。
闘争心や怒りといった類のものを抱えにくい性質のようで、それ故に学生時代のアメフトでもあまり良い結果は残せなかった。
この時も、徳川はただ困り顔で腕を組んで唸ることしかできなかった。
幸いと言うべきか、それだけで十分に恐ろしく見えるのが徳川の特徴なのだが。
(だがこんなの、どう報告してもコジカの処分は免れんぞ。……俺の指示だということにするか? ぐむ、しかし……時系列を調査されればそれもすぐに嘘だとバレるか。これは……庇いようがない)
考えてみたが、ここからコジカの為に徳川に出来ることは何も思いつかなかった。
ならば報・連・相──徳川は組織の歯車として、上司にあるがままの事実を伝える他にない。
「……仕方が無いな。起ったことは起こったこと──やっちまったものは、まぁ、やっちまったことだ。……とにかく俺は、この件も含めて今から上層部に掛け合ってくる。今後は上からの指示に従うように……良いな?」
「あっ、い、い、いえ……あ、あと一つ、お話があります……!」
コジカは急いで社内デバイスを取り出し、立てた指を口に当てるジェスチャーをする。
(む……?)
二人はなるべく大きな声が出ないよう声を抑えて会話していたが、(表面上は仕事を続けながらも)コッソリと向けられる
促されるまま徳川は自身のデバイスのチャットアプリを開く。
と同時に、新着メッセージ通知が届いた。
送り主は目の前のコジカだ。
▼───────────────────▽
[虎鹿]
私は今回の件が、仕組まれたもの
ではないかと考えています
△───────────────────▲
「……な」
予想外の切り出しに、徳川は思わず声を漏らした。
▼───────────────────▽
[フランケン]
そう思う根拠は?
[虎鹿]
出来過ぎているからです
[虎鹿]
派遣社員が誤った作品に送られる
という今回のトラブルは、
我が社がキャラクターを
立ち上げた十七年前まで
遡っても初めての出来事です
[フランケン]
だが
有り得ない話じゃないだろう
[虎鹿]
はい、前例がないと言うだけで
それ自体は決してあり得ない
ことだとは言いません
[虎鹿]
事故が起こり得ないシステム
なんて存在しない
[虎鹿]
だからこれが『ただの派遣ミス』
なら、我が社のチェック体制が
十全に機能しなかったのだと
納得できます
△───────────────────▲
コジカはぎゅっと口を横一文字に結んだまま、高速で指を動かし文字を打ち込んでいく。
▼───────────────────▽
[虎鹿]
しかし
[虎鹿]
『SS零課とSS一課の仕事が
混線する』という、
同じく前代未聞の二つ目のミスが
重なる可能性はどうですか?
△───────────────────▲
徳川も、その指摘には唸るしかなかった。
そうだ。今回は、『派遣ミス』だけじゃない──今回は『SS零課』と『SS一課』、依頼の交錯まで発生しているのである。
それはコジカに報告を受けた時、確かに徳川が最も引っかかった部分だった。
▼───────────────────▽
[虎鹿]
二つの課は
『部署』や『キャラクター派遣』
という体裁こそ同じですが、
業務内容や管轄は完全に異なって
います
[虎鹿]
派遣ミスという事故が発生した
タイミングで同時に
零課の完結に一課が送られる
というミスまで発生する
[虎鹿]
そんな偶然、ありますか?
△───────────────────▲
「むぅ……」
徳川は一瞬納得しかけてしまったが、すぐにそれを否定する根拠を閃く。
▼───────────────────▽
[フランケン]
いや
ミスが二つ重なったと考えれば
確かに極めて低い確率だが
[フランケン]
ドミノ倒しと考えたらどうだ?
『派遣ミス』は
『零課と一課の仕事が混線する』
というミスが発生した結果の
連鎖的なものだった、とすれば…
[フランケン]
実質的なミスは一つだ
その可能性は有り得るだろう?
[虎鹿]
では、その結果派遣されたのが
[虎鹿]
『元零課』という
我が社で唯一の経歴を持つ
ジョー・ハウンドだった
[虎鹿]
という偶然については
どう思われますか?
△───────────────────▲
「……ぐむむ」
今度はすぐに否定する根拠が思い浮かばなかった。
コジカの言う通り、少し偶然で片付けるには偏っている気もする。だが徳川にはコジカが自己正当化に必死になっているようにも見えた。
しでかしたことの大きさから逃避するように、妄想を膨らませているのかもしれない。だとすれば果たしてどの程度、この話を真面目に受け取っていいものか。
否定できないからといって、安易に肯定する訳にもいかなかった。
▼───────────────────▽
[フランケン]
いや小鹿
[虎鹿]
虎鹿です
[フランケン]
すまん虎鹿
[フランケン]
仮に、お前の言う通り
これが偶然ではなく仕組まれた事
だったとして
その目的は何で、誰が犯人だと考
えているんだ?
△───────────────────▲
だから徳川はコジカの質問には答えず、一旦少し話の矛先を変えた。
コジカはびくりと体を震わせ、キョロキョロと周囲を警戒するように見渡し、安全を確認してからタイピングを再開する。
▼───────────────────▽
[虎鹿]
『目的』は
ジョーさんを零課に復帰させる
ことだと思います
[虎鹿]
その為に
何者かが派遣ミスを意図的に
発生させ
ジョーさんに完結代行の仕事を
押し付けた
[虎鹿]
課長もご存じですよね
我が社の事業別売上高のトップ
△───────────────────▲
「………………まさか」
ようやく、コジカの言わんとしていることの全容が見えてきた。
株式会社ハケン・キャスト──その親会社であるライトライトホールディングスは、様々な事業に節操なく手を出す多角化企業である。
しかしそれらの事業全てを含めた上で、ここ十年は──アレが売り上げ首位を独走していた。
社の屋台骨。
「何の会社ですか?」と聞かれれば、必ずアンサーに選ばれるほどの大看板。
それは即ち──。
▼───────────────────▽
[虎鹿]
完結代行です
[虎鹿]
正確にはその成果物
或いは、副産物がですが
[虎鹿]
ともかく完結代行は
手間だけ多くてロクな利益も出ない
通常のキャラクター派遣サービス
なんかとは、
桁が違う利益を生みだします
△───────────────────▲
(今勢いで自分の仕事の愚痴を混ぜたか?)
思ったものの、徳川にそれを掘り下げる余裕はない。
▼───────────────────▽
[虎鹿]
そしてジョーさんは
我が社で一番の稼ぎ頭である
SS零課の中で、エースだった
[虎鹿]
要するに
かつては彼がこの会社で一番
稼いでいたということです
[虎鹿]
それを復帰させれば
社にとって大きな利益になる
[虎鹿]
だから逆説的に犯人は
社の利益が自分の利益と
かなり近しい立場の人物
ということになります
[虎鹿]
そして今回のような事態を
引き起こせるほどの
システムへのアクセス権限を
持つ人物
[虎鹿]
つまり
△───────────────────▲
「……待て、コジカ!」
「はひっ!?」
「い、いや、すまん、驚かせるつもりはなく……そこから先は、見られたら困るだろう?」
コジカははっと目を見開いた。
社内デバイスで為される社員同士の通信記録は、社長・副社長権限ならば閲覧することができる。
だから……この内容ならば、寧ろ口で話した方が安全だ。
徳川は声を潜めて尋ねた。
「お前は上層部を疑っているんだな」
コジカは、コクコクと小刻みに頷く。
「……そうか、それであんな暴走を」
徳川はコジカの行動がようやく腑に落ちた。
ただコジカの考えを否定する根拠はないが、しかし想像に想像を重ねているだけで、何か確たる証拠がある訳じゃなかった。
大体、上層部の誰かが会社の利益のために社員を危険に晒すなんて筋書き──いかにもすぎる。陰謀論や物語脳と言われても仕方が無いだろう。
結局、現状ではただの憶測と一蹴する方がむしろ真っ当である。
徳川がコジカを信じるに足る根拠は、客観的に見て少しばかり足りていない。
────だが。
「んむ……わかった、コジカ、俺はお前の考えを支持する。上層部への報告は──俺がこの件について調査してからにしよう。お前は引き続き『異世界転生プラン』で話を進めてくれ」
徳川の結論は、常識から外れたものだった。
「! は、はひっ! あ、ありがとうございます……!」
「ただし……この件にもし裏が何もなければ、俺もお前も相応の処分を受けることになる。それは覚悟しておいてくれ」
コジカは神妙な顔で何度も頷くと、頭を下げて自分のデスクへと戻っていった。
彼女には彼女の戦いがある。ジョーを無事に帰還させられるかどうかは、コジカたちの頑張りに掛かっていた。
「……俺も、後には引けんな」
徳川は再びデバイスでチャットを開くと、メッセージを書き込み始める。
調べるべきことは幾つかあるが……最初に調査することは決めていた。
▼───────────────────▽
[フランケン]
お疲れ様です、田中営業部長。
至急直接会ってお聞きしたい
ことがあるのですが
今お時間よろしいでしょうか?
△───────────────────▲
営業部から調べることにしたのは、単純にそれが徳川にとって最も調べやすいトピックだからでもある。
ただ、気が進むかと言われれば、それは別の話だ。
返信は早かった。
▼───────────────────▽
[田中]
フラ先輩じゃん
[田中]
珍し(^^♪
[田中]
もちオッケーよん♡
[田中]
内緒話?なら三階の喫煙室で良い?
△───────────────────▲
「……んむ」
▼───────────────────▽
[フランケン]
それでお願いします
△───────────────────▲
徳川は溜息を吐きながら椅子から立ち上がると、首を二三度鳴らし、それから大きく伸びをして、そして……ためらいを振り払うように歩き出した。
頭に、フランケンとあだ名をつけておいて自分は途中からフラ先輩と省略して呼び始めた、あの生意気な後輩の顔が浮かぶ。
最近は顔を顔を合わせる機会も減り、思い出すのは大学時代の姿だった。
「……んむ」
ふと、久しく忘れていた感情を撫でられたような気分になった。
なんだか懐かしい。
徳川がコジカの考えを支持する気になったのは、何故だろうか。
ひょっとすると、徳川を調査に突き動かしているものの中には、元推理小説作家としての、未練に似た感情が含まれているのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます