―第3話― 『針が12時を指す前に』!

「シィネエエェエエエエエエエエ────!!!!!」


 丁度僕が呟いたタイミングで、ゴブリンがナイフを振り上げ飛び掛かってきた。

 後ろで鈴蘭が悲鳴を上げる。僕は咄嗟に枝を前に突き出した。

 ──そして。

 

 ゴブリンの体が、十字に裂けた。


「ンダバァアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!!!!????????」


 ゴブリンは凄まじい断末魔を上げ、絶命。

 青色の血をまき散らしながら四つの緑色の肉片に分かれ、その場にボトボト崩れ落ちた。


「えっ?」


 ゴブリンとの間合いはまだ開いていた。

 僕が魔法の杖さながらにさし出した枝は、その緑色の皮膚に触れてすらいない。……いや、別に触れたからと言って四つに裂けたりはしないはずだけど。

 な、なんだ? これは僕がやったのか?

 モンスター、触れることなくグロ殺し?


「な、何? 何が起こったの……?」


 振り返ると、へたり込んだままの鈴蘭がこちらを見ている。

 ! そうだ、これが異世界転生なら……!


「鈴蘭さん。落ち着いて聞いてほしい、これは多分……僕の『チート能力』だ」

「あん? 何言ってんだ?」


 知らない男の声がした。

 僕等が慌てて振り返ると、ゴブリンの死体の奥に、いつの間にか赤いトレンチコートの男が立っている。

 長身のその男は、頭にも同色のカウボーイハットを被っていて、暗い森の中でも非常に目立っていた。……僕等は極限状態で気付かなかったけれど。


「まぁよくわかんねぇけど、間に合ったみたいで良かったぜ」


 男は両手に刀を二本持ち、その刃には青色の血が滴っていた。この人がゴブリンを背中から斬り伏せ、僕等を助けてくれたらしい。

 すごい腕だ。

 ……そして僕のチート能力は特に関係なかったようだ。

 顔を赤くして俯く僕に代わって、鈴蘭がおずおずと口を開く。


「あ、あの、ありがとうございます」


「あーあー、礼はいいさ。それよりお前さん達、ここは子供が来る場所じゃねぇぞ。『ベラムの森』はゴブリン共の巣窟だってママに教わらなかったか?」


 諭すように言いながら、男は慣れた手つきで刀を振って血を飛ばし、二本鞘へと納める。

 そして僕等を改めて交互に見やると、怪訝そうに眉をひそめた。


「つーか、妙な身なりだな。そんで妙に綺麗だ。見たところ『汚れ除け』の祝福もねぇのに、土やら木屑やらの汚れが少なすぎる。まるで──どっかからここに飛ばされてきたみてぇだ。……『飛び地』の魔法でも食らったか?」


「……いえ、僕達は多分、別の世界から来ました」


 首を傾げる男に対し、僕はなるべく正確かつ丁寧に、僕達の身に起こったことを伝え始めた。



「……驚いた」


 真剣な顔で僕の話を聞き終えると、男はしみじみとした感で呟いた。

 

 僕が全てを打ち明けたのは、見知らぬ僕等を助けてくれた彼をどうやら信頼できそうな人だと思ったから。そして……混乱極まっている鈴蘭に、急いで『異世界転生』について知らせたかったからだった。

 僕の目論見通り、僕の説明を聞き、鈴蘭は幾分落ち着きを取り戻したようだ。彼女は腰の土を払い、ゆっくりと立ち上がる。


「じゃあ、ここは日本というか、地球とは別の世界ってことなんだ」

「うん、多分ね」


 鈴蘭は「そっか」と呟き、胸にそっと手を当てた。


「じゃ、まだ生きてるんだね、私達」

「…………う、うん」

 

 それがどういう感情から出た言葉なのか、僕にはわからず、一先ずそう言って頷くことしかできなかった。 

 そうだ。

 一ヶ月という時間……僕等の間に発生した最大の問題は、たとえ舞台が異世界に移ろうと、何も解決などしていない。


 勿論その辺の事情は男には話せなかった。

 僕等の『余命』の件を知らない男は、真剣な顔をふっと緩め、顎の無精ひげを撫でながら「ほぉ」と息を吐く。


「いやぁ、訳アリだろうとは思ったが、まさかの『転生者』かよ。伝説に聞いたことはあるが、本物を拝めるたぁな! だははっ、こりゃ運が良いぜ!」


「! 僕等の他にも、来た人がいるんですか?」

「あー、大昔だが、いたらしいぜ? なんでも途轍もない力で世界を救ったとかなんとか」


 ということは、一応『チート能力』的なものはあるのか。しかし今のところそんなものを授かった感覚は一切無い。

 男が来なければ、十中八九あのままゴブリンに食べられていただろう。

 まじまじと僕等を見る男も同じことを思ったのか、そのまま笑い始めた。


「ま、お前さん達がそんな凄そうにゃ見えねぇけどな! 『ウロターモ叙事詩』なら『ビキ・グッド』ってところじゃねぇか? 良いとこな!? ははっ!!!」


「は、はは……そうですかねぇ……」


 男は何か冗談を言ったようなので、僕はニュアンスだけで合わせ笑いをする。

 僕は異世界転生って概念について知ってただけで、この世界自体のことは何もわからない。

 文化も、地理も。言葉は通じるが、文字が読めるのかも。

 それと……帰る方法があるのかも。何もわからなかった。

 

「──んで、お前さん達はこれから一体どうすんだ?」


 笑い終えた男は僕等に問いかけた。

 しかし僕も鈴蘭も、パッとなにも浮かばない。


「……って聞かれても困るわなぁ、そりゃ。ま、取り敢えず街まで送ってやるよ、こんな森、夜までいるもんじゃねぇしな」

「あ、ありがとうございます! その……」

「ん? あ、名乗ってなかったか。俺はジョーだ」


 ジョーは白い歯を見せ、人好きのする笑顔で名乗った。


「──〈二刀流〉ジョー・ハウンド、フリーのしがない冒険者さ」 

 

 

 

 ああ、そうだ、ここで訂正しなければなるまい。

 ──こうして僕と彼女と、ジョーの一ヶ月は始まったのだ。



 


==========△============


       To be continued ...     


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