【第1話】 中間管理職フランケン

   【  現実世界  13:30  】

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   株式会社ハケン・キャスト本社ビル

         東棟4階 

        支援部支援課ゴースト            

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「ん、んーむ……つまり」


 架空ではなく創作でもない現実世界。

 昼下がり、キーボードを打鍵する音が慌ただしく響くオフィスの片隅で、二人の男女が深刻な様子で言葉を交わしていた。


「前代未聞の『派遣ミス』が発生した」


 デスクのオフィスチェアにどっしりと構えて座り、太い腕を組む三十過ぎの大男。

 彼は株式会社ハケン・キャスト支援課課長──徳川フランケン。

 その奇怪な名は、小説を書いていた頃の作家名である。


「更にその上、その依頼は本来ただの『キャラクター派遣』ではなく『完結代行』だった──にも関わらず、一課のジョーが派遣されてしまった、と……。そういうことか、コジカ?」


「は、はひぃ、そうです……徳川課長」

「……ぬぅ、信じられん!」


 徳川の額を冷たい汗が流れた。


 派遣ミスもそうだが──何よりそれがというのが、特に信じがたかった。


 二つの課の業務は共に作品への派遣だが、似ているようでその本質は全く違っている。

 それらの依頼が、混ざることなどあり得ない……はずだった。

 『SS一課が別の一課が担当する世界へ派遣される』という話ならば、それも当然ありうべからざることなのだが、まだ理解はできる。

 しかし今回のケースは……例えるなら同じ病院・同じ医者だからといって『内科医に心臓手術が割り当てられてしまった』──そのレベルの異常事態だった。


「しかもよりによってあのジョーが、完結代行とは」

「ふぇ……」

「………………ぐむぅ」


 しかし起こってしまった。  

 『派遣ミス』と『依頼』。

 ──要するに、信じられないミスが二つ、重なったということである。


 徳川が眉を顰めると、元々表情の険ある感じが更に強まる。

 強面を自覚している徳川は、それだけに普段は朗らかでいようと(実際に出来ていたかはともかく)心掛けていたのだが、今回ばかりはその余裕もなかった。


「ひっ、あ、ぇと……も、元々は零課マキナの『〈ゴッド・ハンド〉キセキ』さん宛ての依頼だったみたいで」


 対峙する女の方は対照的に小柄で、徳川を顔色をうかがいながらビクビクオドオドとしている。

 彼女もまた支援課の職員であり、社内ハンドルネームは虎鹿こじか──つまりは徳川の部下である。

 そして彼女は〈二刀流〉ジョー・ハウンドの支援担当ゴーストライターでもあった。


 コジカは同僚からは専らそのまま「コジカ」と呼ばれていたが、皆その名を呼ぶとき、頭の中ではこっそり『小鹿こじか』の方を思い浮かべていた。

 なんだかいつも震えているからだ。


「んむ、そうか……あいつキセキか。病院の話なら確かに『何でも治す医者』の出番だな……」

「は、はひ……」

「………んむ」

「………………」


 会話が続かない。

 問題を報告した側も、された側も、気分はずっしりと重かった。

 だが深刻になってばかりでは何も好転しない。

 徳川は社用デバイスを操作し、今回の依頼についての情報を回覧する。


「……ともかく状況を整理するぞ、作者は去年病気で亡くなられた『葉桜きみどり』──本名『緑川咲』。享年は、十四歳か。若いな……可哀想に」


 徳川はふと、『余命』をキーワードに小説を書こうとした葉桜きみどりの胸中に思いを巡らせそうになった。

 それは徳川の元小説家としてのサガのようなものだったが、そういう場合じゃないとすぐに思い直す。

 今の徳川はサラリーマンなのだ。


「……ご遺族は葉桜きみどり氏の死後、彼女が入院していた病室の枕の下からノートに書かれた小説を発見し、ひどく驚かれたそうだ。彼女は執筆していたことを誰にも言っていなかった、もしかしたら死ぬ前に処分するつもりだったのかもしれん。だが結局書きかけの小説は両親の目に留まり、『どんな形でもいいから完結させてあげてほしい』と弊社に完結代行が依頼された」


 まだまだ人生これからだったはずの娘を失い、その直後に未練の象徴の様な『書きかけの小説』を突き付けられた──両親の心中は察するに余りある。


「そ、その小説が『針が12時を指す前に』……ということのようです」


 こういったいわゆる供養的な意味合いの依頼は、偶に社へ寄こされることがあった。


「……ん? いや、ただ確かこのケースだと……法律上の依頼主は葉桜氏やご両親じゃないな」


 現在──『完結代行』を含むあらゆるキャラクター派遣サービスを行う為には、法律上作者・作品(を代表するキャラクター)両方からの了承が必要とされている。

 これは『両方依頼の原則』とも呼ばれ、言い換えれば片方からの拒否があればサービスは行えないということを意味していた。

 ただし、『作者が許可したが作品が拒否した』という前例は無く、実際には作者の権利を守るための原則として運用されている。

 何の強制がなくても、全てのキャラクターは作者の意向に従うものらしかった。


 ただし、例外もある。


 作者が既に亡くなっている・或いは何らかの理由で連絡を取ることが困難な場合は、作品からの依頼のみで条件が満たされるのだ。

 これは俗に『片方依頼』と呼ばれる状況で、今回『針が12時を指す前に』から受けた完結代行の依頼もこれに当てはまる。




片方依頼カタイラということは、葉桜氏のご両親はあくまで弊社に『針が12時を指す前に』を紹介したという立場であって、正確には作中のキャラクターが依頼主ということになる。本作には春木落葉と鈴蘭涼しか登場人物がいない以上、その二人か! ……二人に架空営業課トゥルーマンの誰かが許可取りしたはずだ」


(……助かった)


 徳川は張りつめていた気を少し緩め、小さく息を吐いた。

 この派遣ミスが、通常のキャラクター派遣サービスではなく完結代行サービスで発生したということは、不幸中の幸いだったと言える。


 例えば……これが作者本人から依頼を受けた、完結間近の作品で発生したミスだったとすれば、自作を台無しにされた作者とのトラブルは避けられなかった。

 「派遣ミスが発生した」という報告を受けた時、徳川が最初に想像した最悪のケースは、依頼主から訴訟を起こされるか、或いは〈二刀流〉ジョー・ハウンドごと世界消去リセットしろと要求されるか……であった。

 

 だが、完結代行であれば話は違う。

 

 完結代行とは、未完かつ未発表の作品に対しその権利を株式会社ハケン・キャストに移したうえで、作品完結を専門とする派遣社員キャストを送り込むことで話を進め、完結させるという特殊なキャラクター派遣サービスだった。

 つまり『針が12時を指す前に』に関する大半の権利は現在、ハケン・キャストにある。

 対外的な遵守事項はただ一つ、『どんな形であれ作品を完結させる』という契約だけなのである。

 それさえ果たせば、派遣ミスが発生しようと何だろうと、法律上問題はない。




「……取り敢えず、コジカ、これは一応社内だけで解決できるトラブルのようだぞ。かといって喜べるような状況ではないが──解決すべき問題は随分シンプルになった」


 徳川は眉間を抑えながら、次は社用デバイスで『針が12時を指す前に』の本文を開いた。


「──とどのつまり、如何にして『針が12時を指す前に』を完結させ、ジョーを社に帰還させるかということ……だな」


 ジョーは、完結代行業務を専門とする社の稼ぎ頭、スターシステム部零課──通称『デウス・エクス・マキナ』──ではなく、『メインキャスト』と呼ばれる一課の派遣社員である。

 零課マキナとは違い、一課メインには基本的に単独で物語を完結させられるだけのはない。

 かといって、絶対的な権限をもって好きなタイミングで物語にピリオドを打てる『作者』は、既にこの世にはおらず……。


「世界観が違うジョーをこの作品で活躍させ、完結までもっていく方法か。結局、これはこれで厄介だが」


 いや、一つだけ簡単な方法がある。

 一課の他の派遣社員ならともかく、ジョーにだけ唯一可能な方法が。

 だがそれは……。


「と、徳川課長、そ、その……その事で提案があります!」

「む?」


 珍しく声を張ったコジカに、徳川は驚いて顔を上げた。コジカは震えながらも、意を決したように話し始める。







「──なるほど、『異世界転生』か」


 コジカの説明を聞き、徳川は低く唸った。


「せ、せせ、正確には『異世界転移』かもしれませんけど」

「んむ、弊社ではそこは区別しないことになってるから、それはどっちでも構わんが──」


 主人公とヒロインを異世界転生させる。

 それは一見すると突飛な提案に思えるが、ジョーが活躍するための土壌を作るという点では、むしろ真っ当な発想から来たものだと言えるだろう。

 実に真っ当な──SS一課メインキャスト的アプローチ。

 ただ徳川の頭に浮かんでいた『簡単な方法』は、それとは全く違うものだった。そしてコジカは、その方法に敢えて触れなかったのだろう。


「ジョーが『現代転生』するという手は駄目なのか?」

「っそ、それはその……は、はひぃ……」

「!? ……おいおいコジカ。深呼吸だ。大丈夫だから、落ち着け」


 徳川は、今にも泡を吹いて気絶しそうな部下を慌てて宥めた。


 内気な自分を変えようと中学高校の部活動にアメフトを選んだ徳川は、成果として度胸、強靭な体力、無尽の体力などを手に入れたが、生来の顔色の悪さだけはどうにもならず、結果的に人からやたらと怖がられるようになってしまっていた。

 青い顔をしたガタイの良い男は、怖いらしい。

 学生時代にやたらと生意気な後輩から『フランケン』と名付けられたが、言い得て妙だと徳川自身でも思った。

 そのあだ名自体はペンネームにしてしまう程度には気に入っているのだが、とにかく外見で損をすることが人生だ。


 スー、ハー、スー、ハー。


 ただそれにしても、目の前で深呼吸を繰り返す、瓶底みたいな眼鏡を掛けた部下は、今日はいつも以上に落ち着きがない。

 そこに徳川は、僅かな違和感を覚えていた

 確かにコジカは現在進行形で我が社始まって以来の大失態に関わってしまっているが、徳川の解釈だとコジカの怯えは対人恐怖由来のものであって、根元のメンタル自体は寧ろ意外なほど強いイメージがあった。

 時には周りを驚かせるような大胆な行動力を見せることもある。

 そんな彼女は今、何に怯えているのだろうか……強面の上司でないとすれば。


 徳川がしばらく待つと、呼吸を整えたコジカは再び話し始めた。


「あ、あの……ジョ、ジョーさんが、現代に転生して、春木落葉さんと鈴蘭涼さんと出会うというシナリオにしてしまった場合……お、恐らく、ジョーさんが……話を引っ張り過ぎてしまいます」


「どういうことだ?」


「え、えっと……『転生』って、基本的には主人公がするものなんです。……例えば、ジョーさんが転生すると『テレビや自動車に驚く』とか『逆に非常識な行動で現代人を驚かせる』とか、そういう描写をしていくことになって……そうなると主人公の春木落葉さんやヒロインの鈴蘭涼さんはどうしてもリアクションが仕事になってしまうと思うんです。二人の入院する病院も舞台としては狭くなってくるし……だから結果、ジョーさんが話の中心……小説の『主人公』になってしまう。そ、そ、それは──スターシステム部一課の仕事じゃない、から」


 たどたどしくも、コジカの言葉には説得力があった。

 コジカはこれで優秀な支援担当ゴーストライターだ、見立ては間違っていないだろう。

 確かにそれは一課メインの仕事ではない。


「んむ……なるほど。ありがとう……悪いな、俺はどうもファンタジー系統には疎いんだ。──ただ、更に突っ込ませてもらう。俺が言いたかったのはつまり『ジョーが主人公になる』という手はないのか? ということなんだよ。例えば、だがな」

「…………っ」


 やはり、コジカの顔は青ざめた。彼女も気付いているのだろう。

 いや、〈二刀流〉ジョー・ハウンドの経歴を知る者なら、誰でもそれを真っ先に思いつくはずなのだ。


「コジカ。『人命』を最優先に考えれば、完結に失敗することでジョーが消滅してしまう以上、より完結の確実性が高い方法をまずは考えなければならない。わかるな? 作者不在のまま、作中のキャラ二名と一課一名ジョー・ハウンド、それと最低限の手助けしか出来ない支援担当ゴーストライターだけで真っ当に物語を完結させるのは、相当に困難な話だ」




「ただし、。だから──」


「ジョ、ジョーさんは零課マキナじゃありませんっ!!」


 コジカが声を上げると、打鍵の音がぴたりと止んだ。支援課の職員たちは手を止め、各々のデスクから驚いた顔で此方に注目していた。

 何事かという視線が突き刺さり、徳川は慌てて椅子から立ち上がった。


「すまん、なんでもない! 仕事に戻ってくれ皆」


 徳川の鶴の一声で、職員は顔をディスプレイに向け直し、急いで仕事を再開した。やはり相当怖がられているらしい。


「か、彼はSS零課デウス・エクス・マキナを……や、辞めて、一課に異動しました。も、『もう、こんな仕事は嫌だ』って。そ、そんな人にまた零課の仕事をさせるなんて……わ、私は……嫌です」


 だがコジカは徳川に怯むことなくそう言い切った。


「……コジカ、お前」

「そ、それに……もし零課マキナ流の完結をするなら、ジョーさんは『ジョー・ハウンド』というキャラを捨てないといけなくなります。そうなれば恐らく、一課には……に、二度と戻れません」


 徳川は椅子に深く座り直し、腕を組んで目を閉じた。

 コジカの気持ちは理解できるし、徳川自身も、心情としてはコジカの提案を推したい気持ちの方が強かった。

 だが……。


「決めるのは上層部うえだ」


 ジョーが『針が12時を指す前に』へ派遣されたという報告を受けたのはつい十分ほど前──要するに事件は発覚したばかりで、上層部への報告はこれからだった。

 管理課か、システム課か……派遣ミスの原因もまだ明らかになっていない。


 今は、とにかく報・連・相である。

 徳川もコジカもサラリーマンである以上、上層部の判断を仰ぐ必要がある。現在は正確な情報を集め、なるべく迅速へ上へ上へと報告をバトンしていこうという段階なのである。

 そして本件の対応は。最終的には上層部で協議の上決められることになるだろう。


「これから部長に事態を共有し、そしてコジカの『異世界転生プラン』と俺の『マキナプラン』を提案する。どちらが選ばれるかはわからんが、どちらの路線であってもジョーの支援担当はコジカだ。準備をしておいてくれ」


 しかし徳川には未来が予想できていた。

 恐らく……。


「じょ、上層部はきっと……『人命優先』でマキナプランを選びますよね?」


「……む?」


「と、徳川課長が提案する、しないに関わらず……。こ、個人の心情よりも、確実な不利益の回避……それが会社として最も妥当な選択だと思います。課長は、私に心の準備をさせる為に……あ、敢えて『自分の考え』としてそれを言ったんだと思います、けど……だ、。も、もう……そうはならないので」


 やけに確信めいたコジカの喋りを前に、支援課課長徳川フランケンの背筋を冷たい汗が流れる。

 嫌な予感──それが、彼女がずっと過剰にビクついていた理由と結びつき。

 そして徳川は思い至った。


「ま、さか……」


 デバイスをスクロールし、『針が12時を指す前に』本文を下へ下へと走らせる。



> そう、一ヶ月が始まった、その瞬間。

> 雷が落ちて、僕等二人は死んだ。



「……嘘だろ」


 

> 「──か」



 その単語を見た瞬間、徳川は息を呑み、スクロールする手がフリーズする。


「あ、あの……す、既に転生させました」


 徳川が顔を上げると、グルグル眼鏡の奥で、コジカは覚悟を決めた目をしていた。

 真っ白になった徳川の頭の中で、可愛らしいホウレンソウのキャラクター達が横一列に並んで肩を組み、愉快に踊り始める。

 ああ、そういうことか。

 コジカがビクビクしてたのは、既にやらかした後だったからなのか……。

 ただでさえ悪い徳川の顔色は一層悪くなり、一方で、もう何も怖くないと言わんばかりのコジカが続けて言った。


 

 

「……ジョ、ジョーさんの登場はこの後すぐ! です」

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