《第2話》 完結代行サービス

   《  ウタカタセカイ 13:10  》

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      『針が12時を指す前に』  

        情景:病院の中庭       

        時刻:昼             

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「いーーーやーーーーだーーーーー!!!!!」


 

 涼は芝生の方に体を投げ出し、バタバタ転がりながら喚いた。

 

 ジョーがした話は言ってみれば『こだわりを捨てれば何でも出来る』というだけのことであり、その完結が作者や読者の満足のいく形かどうかはまた別問題だ。

 安心も納得もできないのは至極自然な反応である。


「なんで転生なんてしなきゃいけないの!!! そっちのミスなんでしょ!!! なんとかしてよ!!!!」

「す、鈴蘭さん……」


 振る舞いは癇癪起こした子供のようだが、言っていることは尤もだった。


「だははっ、すまねぇな! そう言われてもどうにもできん!」


 ジョーはそう、表面上なんでもないような調子で一蹴するが。


(いや、マジで申し訳ねぇ!!!)


 ──内心はずっと途方に暮れていた。


 そもそも組織の一員として考えるなら、今は依頼主クライアント側の二人に平身低頭して詫びてしかるべき状況なのだ。

 が、困ったことに、そういった誠心誠意の謝罪というのはジョーのキャラにそぐわない。

 要するにジョーが一貫して明るく豪快そうに笑っていたのは、それが自分の同一性キャラクターだからである。

 

弊社ウチの不祥事なんだから、俺も土下座ゲザって詫びるのがスジってもんだがよ──ここでヘラヘラ「なんとかなる」って笑っちまうのが『俺』なんだよなぁ、クソ)


 それはたかがキャラと済ませられる話ではなかった。

 派遣社員キャストにとって『キャラ崩壊』は死活問題なのだ。

 行動に解釈矛盾が重なると、最悪の場合はジョーの存在が消滅してしまう。

 そしてを抱えていた〈二刀流〉ジョー・ハウンドは、元々特にその消滅の危険性が高かった。


 故に、ジョーは如何なる逆境においても、あっけらかんと振舞うしかないのだ 

 たとえそれが、表に描写されない裏舞台であっても。


「ま、『異世界転生』ってのはものの例えさ。舞台はこの世界のまま、コスプレ好きの変人って設定でも別に良いんだ」

「……そういう問題じゃなくて! 結局『ジョーが私達の物語にそこそこ関わらないと駄目』っていう変な制約のせいで、私達の話が滅茶苦茶になっちゃうのが嫌なの!!!」


 転がるのをやめた涼は上体を起こし、ボサボサの髪に草をつけながら、涙目でジョーに訴えかける。


「まだプロローグしかない作品だけど、それでも『私の余命』と『落葉君の嘘』がこの物語の主軸になっていくのはジョーにもわかるでしょ!? なのに、そこがブレちゃうとさぁ!!」

「おう、ま、言いたいことはわかるぜ? だが、その辺はこの作品の作者──」


 ジョーは指を鳴らして再びテキストウインドウを開き、『針が12時を指す前に』の著者名をチラっと確認する。


「──依頼主クライアントの『葉桜きみどり』先生に託すしかねぇな! 弊社からのサポートとか、俺達の頑張りとかも勿論必要だが、やっぱり肝心なのは『作者』だ。このプロローグから『ジョー・ハウンド』を出せなんて、俺自身もとんだ無茶振りだって思うがよ。『作者』ってのは魔法使いさ、奴らは時にミラクルを起こす! お前さんが今言った二つの軸をブラさないまま、俺を出した上で、完璧に最後まで走り切れるかもしれねぇぜ?」


(つーか、まぁこうなった以上は……それを信じるっきゃねぇんだ、最早)


 葉桜きみどり──彼だか彼女だか不明なその作者が、ジョーに纏わるノルマを達成しつつ、この作品を満足のいく形で完結させられるならば、それは最高の結果である。

 しかしかといって、それらが不満足に終わるという結果が、必ずしも最悪という訳ではなかった。ジョーや落葉や涼にとっての最悪とは、世界ごと作者に見捨てられることなのだ。

 

 そして、それは全くあり得ない話ではなかった。

 

 現実世界の人々にとってこの世界の全てを取り敢えずリセットすることは、残酷なほどに簡単である。

 ここに居る三人は、見ようによってはディスプレイ上の文字か、インクの沁みでしかないのだから。

 文章を消しゴムで消して、同じ文字を書き直すだけ。

 面倒な条件で続きを書けと言われるよりも、よっぽど簡単な事だろう。

 

 そういった懸念を隠しながら、ジョーは涼を説得した。

 ところで、反応が妙である。

 涼も落葉も時間が止まったように、キョトンとした顔でジョーを見ていた。


「? どした、俺のナイスフェイスに何かついてっか?」

「……ジョーさん、もしかして……知らないんですか?」

「うん?」

「葉桜先生は既に亡くなってるでしょ」


「……はい?」


「だから御社あなたたちに依頼したんじゃん、を」


 カンケツダイコウ?

 涼は確かにそう言った。

 ジョーの耳と頭は、それぞれ少し遅れてその単語を受け入れる。

 完結……代行?


「か、かっ」


 ジョーは大きく目を見開き、眉が上がり、皮膚に押された真っ赤なカウボーイハットが斜めにズレる。

 そして、怪訝そうな二人の目も気にせず、思いきり。




「完結代行だあっ?!?!?!?!?!!!!!?????」


 キャラが崩れそうな程の、それはそれは大きな声で叫んだ。

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