《第1話》 その男、ジョー・ハウンド

   《  ウタカタセカイ 13:00  》

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      『針が12時を指す前に』  

        情景:病院の中庭       

        時刻:昼             

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「ウッソだろ!?」


 男は思わずそう叫んだ。額に一筋、冷や汗が流れる。

 彼の名はジョー・ハウンド。赤いカウボーイハットを被った、二本の日本刀を腰に携えるトレンチコートの男である。

 瞳はブルー、髪の色はブロンド。映画俳優でも通用しそうな程に端正で彫りの深い二枚目だが、顎周りの黒い無精ひげが少し清潔感を損ねていた。


 ジョーが動揺を表に出すことは珍しかったが、あまりにイレギュラーな事態を目の前にして、この時ばかりは焦りの発露を抑えられなかった。

 ジョーはたった今『針が12時を指す前に』の全文(とはいえその作品には、『僕と彼女の一ヶ月は始まった。』と結ばれたプロローグから先は存在していなかった)を読み終えたばかりである。

 空中に開いたテキストウインドウを手のジェスチャーで畳むと、何か振り払うように首を横へ振った。


「……おい、おーい、どうなってんだコジカ? 久々の仕事だと思いきや、まさかまさかの派遣ミスじゃねぇか……管理部の連中が適当な仕事しやがったのか? どーすんだよ、コレ」


 ジョーは耳に装着したインカムへ、ブツブツと語り掛ける。

 その様子を、困惑の面持ちで見守る少年少女がいた。ベンチに並んで座る患者衣を着た二人、『針が12時を指す前に』の登場人物、春木落葉と鈴蘭涼である。



 

 ここは花びら舞い散る病院の中庭だった。




 時系列は『針が12時を指す前に』プロローグ直後。

 ジョー・ハウンドはその桜の木の横に立っている。

 現代的な施設の中で、ジョーの恰好はまるでコスプレであり、その様はあまりに異彩、言ってしまえば場違いだった。


「あの、ハケン・キャストの方ですよね。何か問題が……?」


 落葉が恐る恐る声をかけると、ジョーはそこで二人に初めて気付いたかのような調子で「おっと」と顔を上げ、わざとらしく肩を竦めてみせた。


「お前さんが主人公の『春木落葉』。で、そっちが『鈴蘭涼』だな」

「あ、はい、そうです」


 二人に焦燥を気取られないようジョーは笑顔を作り、黒い革手袋をはめた手でピッとサムズアップした。


「おう、その通り。ただいま大問題発生中だ」

「え?」

「だははっ。悪ぃな、弊社ウチのミスだ!」


 ジョーは快活明朗に笑うと、ベンチの方へ歩み寄り、懐から小さな紙を取り出して、二人へやたら丁寧な所作で差し出した。

 名刺にはこう書かれている。




 株式会社ハケン・キャスト スターシステム部一課

 派遣社員キャスト 〈二刀流〉ジョー・ハウンド

 武器 日本刀二本(※名称リクエスト可)

 ひとこと 「かませ役から師匠まで何でもやります!」


 


 キャラクター派遣──


 それは文芸・漫画・アニメ・映画といった二次元の創作物に対し、人材キャラクターを派遣する、新時代の創作補佐サービスである。

 『株式会社ハケン・キャスト』とはそのキャラクター派遣を主に手掛ける企業であり、ジョー・ハウンドはその派遣社員だった。要は他作品に出張し、その存在感をもって様々な役割ロールをこなすのが、彼の仕事だ。


 ところで、堂々とした帯刀からもわかる通り、ジョーはリアリティラインの比較的緩い、バイオレンス色の強い作品を専門とする派遣社員だった。

 今回聞いていた派遣先も、剣と魔法のファンタジー世界のはずで……ところが、実際にジョーが派遣されたのが『針が12時を指す前に』という小説。

 その作風は、明らかに専門と違っていたのである。


「本来この作品にゃ俺じゃない別の誰かが派遣される予定だったはずが、どこかで行き違いがあって、俺が来ちまったと──詳しいことは今弊社ウチのもんが今必死に調査してるんだろうが、ま、真相は大体そんなとこだろ」


 ジョーは腕組みしたままうんうん頷き、ニカっと白い歯を見せて笑った。


「来ちまったもんはしゃーねぇし、話を前に進めようぜ。改めまして、SS《スターシステム》部一課派遣社員の〈二刀流〉ジョー・ハウンドだ。よろしくな!」


 落葉と涼の二人は株式会社ハケン・キャストからキャラクターが派遣されるということは知っていた。

 けれども、ジョーの言葉が呑み込めない。

 手違いがあってジョーが来てしまったという今の話なら、ジョーが引き返し、本来派遣される予定だったキャラクターを改めてこの作品に呼び込めばいい話だからだ。

 

 それだけのはず。

 

 なのに何故、ジョーは最初あれだけ動揺していたのだろう。

 それに何故、『よろしく』なのだろう。

 それはまるで、これから長い付き合いになる、みたいな言い方だ。


 二人に嫌な予感が走る。

 

「あの、すみませんハウンドさん」


「ん? ジョーで良いぜ、落葉。敬語もいらねぇよ。どうせこの場面は描写されねぇんだし、敢えて使いたい場合は『表』で使ってくれ」


 そうは言われても、ジョーの見た目は明らかに年上だから、落葉には躊躇われた。

 確かに、同じ創作上のキャラクターなのだし、こので設定上の年齢に拘る意味はないのだが。


 まごつく春木を見かねて、代わりに涼が口を開いた。


「えーと、ジョー。ごめんだけど、私達の作品にあなたが出るのは流石に無理があると思うの。ジャンルというか、世界観が違うし。会社に帰って、その本来派遣されるはずだった人を呼んでくれない?」

「悪ぃな、そりゃ不可能だ」

「えっ」

 

 ジョーは滔々と語り出した。


「『キャラクター派遣』って仕組み上の問題なんだが、俺達は派遣社員は一度ある作品に来ちまったからには、簡単には帰還出来ねぇ。この作品にキッチリ登場しねぇと駄目なんだよ。更に言や、俺がいる限り弊社から他のキャラクターを派遣するのも難しい──」


「な、ちょ、ちょっと!」


 聞き捨てならない言葉に、涼は思わずベンチから立ち上がる。


「じゃあ、ジョーは私達の作品に絶対に登場するってこと?」

「おう。それも、一定以上の存在感を示してな。通りがかりのモブじゃ駄目だ。イメージで言やぁ準レギュくらいかな」

「……!! ……待って、一つずつ確認させて」


 涼は茫然としながらも、改めてジョーのビジュアルを確認する。


 赤いカウボーイハットを被った、二本の日本刀を腰に携えるトレンチコートの男──〈二刀流〉ジョー・ハウンド。

 瞳はブルー、髪の色はブロンド。

 映画俳優でも通用しそうな程に端正で彫りの深い二枚目だが、顎周りの黒い無精ひげが少し清潔感を損ねていて──つまり、あらゆる要素が、作品と不釣り合いだった。


「私達の作品は、読んだの?」

「ついさっき拝読させてもらったぜ、中々先が楽しみなヒキだったな」

「ありがとう……で、ジョーはそのに、つまり『針が12時を指す前に』に出演る。これはもう揺るがないってことね」

「そうだな」

「浮くのはわかるでしょ」

「おう、そうだな。そりゃまぁ当然わかる」


「……まず、私達の小説に出る時に、名前は変えられる?」

「いや、〈二刀流〉は省略可だが、ジョー・ハウンドとして出演しなきゃいけねぇかな。一応、本名と『偽名を使っている』って設定を描写すりゃ、作中で偽名を名乗ることはできるか」

「それだと意味ないわ……設定はどう? この作品に出る際の設定って、どの程度の幅まで融通が利くの?」

「そこは大分緩いな、職業や人間関係は可変だ。お前さん達どっちかの兄貴ってことにしても良いぜ」

「いや、それは髪色とかが……あ、見た目は!? 変えられるなら全然やりようはあるんじゃない? その特徴的なトレンチコートは脱げるの?」

「だっはっは、すまん! 不可だ! ついでに刀も外せねぇ! キャラデザは基本このままだから、俺は常時帯刀することになるな!」


「そ……そんな」


 涼は頭を抱え、必死に打開する術を考える。


「…………そうだ! 私達も地の文も、ジョーの見た目に言及しないってのはどう? 小説ってことを利用して、読者には普通の恰好をしてると想像してもらうの。それで、例えば外国から来たこの病院の医者とかいう設定にして……」

「『服を着ているとは一言も書かれていないから、実は服を着てなかった』みたいな叙述トリックか? 面白い発想だが、それも無理だな。俺達は見た目の描写にノルマがあったはず」


 長い沈黙が場を支配した。


「………………………いや、なら駄目でしょ? 一応私達病院で余命がどうこうって感じでやってるのに、そこに両手にポン刀持った外国人が出る余地ないじゃん。二本も持ってさ、何斬るのよ」

「ははっ。正直、俺もそう思うんだが!」 


 かといってジョーにはもうどうすることもできなかった。

 条件は誰かの我儘ではなく、システム上の制約なのである。


「あ、あの………ちなみに、ですけど」と、青い顔をした落葉が口を開いた。

「そのノルマとか条件を守れない場合、どうなるんですか?」


 これには流石にジョーも少し言い淀んだ。

 告げるには重い。が、事実を隠しても仕方がない。


「俺は帰れず消滅、お前さん達もこの世界も消滅する、だな」


「「えぇ!?」」


 少年少女の声が綺麗に重なる。


「言ったろ、問題発生だって。派遣ミスってのは、絶対にあっちゃいけねぇ、取り返しがつかない大ポカなのさ。……だははっ、どうやら起こっちまったけどな! 弊社始まって以来の大失態だぜ、こりゃあよ!」 


 ジョーはわざとらしく豪快に笑ってみせたが、落葉と涼の表情が晴れることはなかった。

 当然だ。ジョーだって、心の中ではちっとも笑えちゃいない。


「……ま、なんだ、そう心配するこたぁ無ぇさ。それは最悪の事態で、十中八九そうはならねーよ。要は、俺達が無事に存在を保つには、この厄介な条件をクリアした上でこの作品を『完結』させる必要があるって話だ。で、物語にオチをつけるだけならいくらでもやりようはあるだろ?」


 実際、作品に現代日本で帯刀する異常な外国人が登場するからといって、それが直ちに『作品を完結させられない』という理由にはならない。

 何故なら、ただ話を完結させるだけならば、例えば悪名高い夢オチでも、突然現れた忍者が大暴れでも、何でも良いからだ。

 何なら傍目には話の中途であっても、作者がそこに〈完〉と書き加えれば、完結したことになりはする。


「創作ってのは自由なのが良い所さ。例えば俺を作品に出さなきゃいけないなんて制約も、究極的には矛盾も世界観の問題なんかも無視して、しれっと出しちまえば良いだけなんだよ。それに、問題を解決する手だって幾つもあるぜ。例えば──世界観の方をこっちに合わせる、とかな」


「世界観の方を合わせる?」

「あ……そうか、この世界にジョーさんがいるのが不自然なら、逆に僕らがジョーさんがいそうな世界観に行けばいい。つまり──」


 涼は首を傾げるが、落葉はピンときたようだった。




「──か」

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