―第2話― 『針が12時を指す前に』?

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     『針が12時を指す前に』  

        作:???       


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 そう、一ヶ月が始まった、その瞬間。

 雷が落ちて、僕等二人は死んだ。

 



 次に僕等が意識を取り戻すと、周囲の景色は一変していた。


「え?」

「な、何……!?」


 ここは──鬱蒼とした森林の中だ。

 降り注いでいた陽光は樹木の葉に遮られ、春の陽気もひんやりと湿った空気に上書きされている。

 座っていたはずのベンチも無くなっていて、僕等は両足でしっかりと、土を踏みしめ立っていた。

 僕等は青とピンクの患者衣を着たままで、土を踏む僕等の履物は病院のスリッパのままだったけれど、その他一切が変わってしまっていた。


「ね、ねぇ落葉君……って、ひょっとして雷だった?」


「ど、どうだろう、本当に一瞬だったから。けど、多分……」

  

「ひょっとして、私達、死んじゃった? こ、ここが死後の世界……?」

 

 そうだ。僕等はあの時、雷に打たれて死んだということになる。

 しかし死後の世界という割には、なんだか現実感が強い場所だった。

 これは一体……。


 


 と、その時だった。ぞわり、と産毛が逆立つ。

 それは生と死の境界が揺らぐ病院という場所で何度も時を過ごす内、僕に備わった勘──第六感のようなものだった。

 僕達に、死の気配が近づいている。


「だ、誰ですか!」


 声が震えないように気を付けながら、虚空に向かって警告を放つ。

 すると、木陰から一匹の──得体の知れない緑色の何かが現れた。

 

 ……ゴブリンだ!

 

 そんな生き物が現実に存在しないことは当然知っている。

 だが、今僕達の目の前にいる小さな人型のカエルの様な肌をした存在は、紛れもなく僕が想像する通りのゴブリンで、作り物と断ずるにはあまりにも生々しく──残念なことに、まるで友好的ではなさそうだった。

 顔の半分ほどある鷲鼻を下品にヒクつかせ、その口元からだらしなく涎を垂らしながら、手に石で作られた歪なナイフをしっかりと握っている。

 

「ゲヘヘヘヘ……オ、オデ……ニ、ニ、ニ、ニンゲン、クウ」


 そしてゴブリンはぎこちない調子でおぞましい言葉を吐き、見るからに無力な僕と鈴蘭を見て嗤った。


「な、何これ! 何なの!?」

 

 鈴蘭は腰を抜かしてその場でへたり込んだ。

 僕も気持ちは同じだ。

 僕達はさっきまで確かに現実の中──日本の大きな病院の中庭で二人きりだったのだ。それが今、どこだか知らない森の中で、小さくも恐ろしい異形と対峙している。


 現実感がない。

 けれど、確かな恐怖があった。


「お、落ち着いて」

 

 僕は鈴蘭に声をかけて傍に寄り、ゴブリンからの射線を切る位置で身を屈ませる。

 そして、そのままさりげなく近くに落ちていた枝を握った。

 先端はそれなりに鋭いが、武器としては手ごろな石があればその方が良かった。だが……どの道、一連の全てが気休めに過ぎない。

 

 僕達は怯え、一方のゴブリンには姿を現し舌なめずりする余裕がある。

 この硬直状態は狩る側と狩られる側の格付けが既に終わっているからこその、一時的なものでしかない。

 奴がその気になった時が、僕達の命の最期だ──。

 

(ど、どうしてこんなことに)


 僕も鈴蘭も気付けばこの森で、病よりも差し迫った死に直面している。

 そうだ、死だ。

 

 

 なら、これは──この理不尽の名は。

 

 そうだ、僕は暇で暇で仕方がなかった入院生活の中で、この手の話は沢山読んできた。……まさか、当事者になるだなんて思いもしないまま。

 それを受け入れる為に、自分に言い聞かせるよう呟く。

 


「──か」

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