第66話 藤原家の謀略

 昌平三年(九〇〇年)


藤原南家に昨年文章博士となった菅根すがねという優秀なものがいる。今年の正月、蔵人頭に任官された。


 在原友于が参議に任官されたことにより、空席となった蔵人頭に時平が推挙した。


 帝は上皇の意に沿う友于をあまり好ましく思っていなかった。


菅根は若くは無いが機転がきき、物腰も柔らかい。


やはり物事を進めるには藤原のものが居ないとまとまって行かないと思わざるを得ない。


 時平にしても帝との連携が密になり、都合が良い。いつしか上皇とは距離を置きたいと考えるようになっている。


 

 帝との関係が良好となった時平のもとに大納言の源光が訪れる。


「左府様に是非にお耳に入れておきたいことがあり出向いて参りました」


「大納言卿には何かお悩みのごとがあるとお見受けしますが」


「われら源の者は、みな法皇様のやり方に不満を持っております」


 凡その検討がついている時平は少々とぼけて見せる。


「官職のことなれば、あなた様と中納言卿(希)が推挙されているではありませんか」


「我らよりも寧ろ参議になっているにも関わらず、長年地方の国主に任命されているものがこれからのことを悲観している有様」


「なるほど。昨年湛殿の姫君をわが妻として娶せてもらいましたが、そのようなことは聞いておりませなんだ」


「法皇様は、右大臣卿に力を持たせ、その力で背後から権勢を誇示するつもりですぞ」


 大納言は時平に近づく事で、右大臣を失脚させて自らが右大臣になることを望んでいる。


時平と道真はお互いの父の代から親交が深い。二廻りも年上の道真で、その慧眼には父と同様に敬意さえ払っている。


だが、光が言うように、その力が法皇の意志で振り回されては困る。


「それ故に先立っては、皆で職務放棄を為されていたのですな」


「法皇様はわれらの意を汲んではくれましたが、右大臣卿や近臣の者たちの諌言によるものかと思われます」


 光たちは上皇から言質を取るなど恐れ多いことから、その場しのぎで信用などしていない。


「では、大納言卿は右大臣を失脚されることをお望みか?」


「右大臣卿に遺恨などはありませぬが、このままでは法皇様の意のままの世になりますぞ」


「わたくしもそのことで帝と頭を悩ませているところにございます」


「では、我ら源の者は左府様にお力添え致しますぞ」


 

 時平は蔵人頭の菅根を自邸に呼びつける。


菅根からは帝から法皇が穏子の入内を拒んでいたことや、藤原家以外の他家に力を持たせることを考えているなどの情報がもたらされた。


「左府様、もはや法皇をこのままにしておけば、我等藤原の者の立場が危ういものになることは必定になります」


「先日も大納言卿が来られて、同じようなことを申しておったわ」


「ここはやはり右大臣の道真殿に失脚頂かなければならないものと存じます」


「そのことも大納言卿と話し、これから何ごとか計らねばと考えていたところだ」


「お呼びだてされるにあたり、わたくしの考えを持ってまいりました」


「おお!それは上々。如何なることか是非にお聞かせ願いたい」


 これは明らかに謀(はかりごと)である。


「昨年、法皇の皇子にあたる斉世親王に右大臣の娘がお妃として向かい入れられました」


「ん。まだ帝に皇子が居られぬ故の法皇が皇太子の候補としての布石と睨んだ。そのため、我も穏子を入内させた。法皇は拒んでいたがな」


「そこで右大臣が法皇と結託して、帝を廃位に追い込むことを画策していることにします。そこには法皇の重祚もしくは、斉世親王を新帝にすることを見据えた謀反を企ていることにしたら如何でしょうか?」


 暫く思案に耽る時平である。道真がそのような事をする筈が無いのはわかり切っている。


「法皇に手を下す事ができない以上、右大臣には申し訳ないが、近臣らも含めて謀反の咎を背負って貰うしかないな」


 道真に心酔している忠平などは、この事に意義を唱えている。だが他に策が無い限り反論することは出来ない。


 法皇は源家の者が、時平と結託していることなど夢にも思っていない。臣籍降下した者が、自分の意に沿わないことをするなどど考えも及ばない。


源家も一枚岩と言う訳では無い。


中納言になった貞恒や善などは藤原家の専横を快く思っては居ない。

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