第64話 新たな人事と醍醐天皇
重臣たちが集まり、翌月の天皇即位に合わせた人事考課を行う。
帝を上座に、左側には中納言で上皇の外祖父にあたる高藤、中納言の時平をはじめ、藤原家で参議の者らが着座している。
右手には権中納言の菅原道真に、同じく権中納言の源光、参議職の源家の人々が居並ぶ。
閣僚会議で大納言以上の者が居ないのは律令制度が始まって、初めてではないだろうか。
帝の内意を受けた式部省の役人が草案を読み上げる。
「大納言を、中納言藤原時平殿とし、官位は追って正三位とする。権大納言を、権中納言菅原道真殿とし、官位は追って正三位とする」
これは両名を大納言職につけるために帝が認めた異例の人事である。
役人が続いて中納言について話を進めようとすると、時平が口を挟む。
「源光殿も権中納言なれば、同じく権大納言に任官されるべきものであるかと」
「皆様のご異議がなければ、そのように記録いたします」
誰も異議を唱えるものは居ない。
「中納言職には、現在任官されている藤原高藤殿の他に、源直殿が従三位に在られますので任官の対象となります」
道真を中納言にすればよいものをと、気に入らない時平であるが。
「わかりました。中納言は今、従三位の藤原高藤がおりますれば、これを正三位に昇進をお願い致します。加えて、蔵人頭に藤原のものを一名任命して頂きたいと存ずる」
これは帝が答えるしかない。権大納言の件を認めた以上、否やは言えない。
「わかった。在原友于に代わり、藤原のものを任命するが良い」
「それでは先帝の蔵人頭を務めた定国を推挙致します」
「承知した。だが、蔵人頭の筆頭は平季長で良いな」
「それは新帝が宜しければ、わたくしに否やはございません」
不満げな源湛、昇、希らを見た直は口を開く。
「参議の中で来年、従三位に昇格するものがあれば中納言に推挙しても良いという事か?」
「はい。該当するお方がおりますかどうか。省内に戻り、確かめてまいります」
こうして、重要な役職は決まったが、源のものたちは内心納得していない。
(これでは将来の左大臣、右大臣を決めるためだけの会議では無いか)
帝においては良き頭脳である道真だが、彼らは上官などどは思っていない。己が出世を任せることができるものかと猜疑心でいっぱいだ。
やはり藤原のものと上手くやる方が得策と考えてしまう。
これが後の悲劇につながってゆくことになる。
話が脱線してしまうが、帝-道真-源氏との関係性は後年の戦国時代における豊臣秀吉-石田三成-加藤清正・福島正則との人間関係を思わせる。
秀吉には皆必要な人材だが、政治を行う上では三成が欠かせない。加藤清正・福島正則を信頼するあまり、武断派の彼らを後回しにしてしまう。
もの事が上手く行っている内は良いが、自分たちの思い通りにならないことで三成は彼らから恨みを買うことになった。
八月
帝は、皇太子敦仁親王を元服させ、即日譲位する。紫宸殿で即位の礼が執り行われる。
親王は跪き、宇多天皇から
戴冠して高御座と言われる玉座に腰掛ける。このひとときが何とも粛々とする瞬間である。
「朕が新たに践祚した醍醐である。皆の者、宜しく頼むぞ」
臣下のものたちは皆、膝立ちになり新帝に拝礼する。
醍醐天皇の即位に伴い、重臣会議以外で任官があったものは従四位上の源希が参議になった事に加えて、左大弁をも叙任された程度だ。
源家の者で従三位に昇進したものはいない。譲位に際し、藤原高藤が中納言に任官された。
これは明らかに道真を権大納言にするため、藤原家の者に不平を言わせないようにと帝が推挙した事による。
天皇即位により、改元が行われて「
即位の礼が終わり十日ほど経ったある日、突然、蔵人頭の平季長が急死した。(享年は不明)
貞観十四年(八七二年)に渤海の国への使節団に加わっていることから、五十は超えているので表向きは病死となっているが、あまりに突然のことに暗殺されたのではと囁かれた。
帝(醍醐帝)は平季長より、年が近い藤原定国の方が話しやすいことから暫くは後任不要との考えだ。
宇多上皇にしてみれば、直ぐにでも自分の代に蔵人頭を務めた在原友于を復職させたい。道真からは今すぐに友于を復職させるべきでは無いと諫められた。
上皇は帝の意向もあり、道真の意に従うことで暫く様子をみることにした。宇多天皇は譲位して、上皇となるが決して隠居した訳ではない。
寧ろ、醍醐天皇を陰から支配して藤原氏の勢力を排除するためにしたまでのことだ。
早速に道真との関係を強化するための行動にでる。
上皇の皇子で帝の弟にあたる斉世親王に道真の娘寧子を娶せる。
親王の生母は橘広相の娘義子で、藤原氏の娘ではない。義子も藤原氏を嫌疑しているので、この申し出をありがたく受けた。
一方で源家の者は、上皇が道真だけに目をかけていることを面白く思っていない。
直などは自身が昇進すると思っていただけに尚更だ。
「余などは中納言の任官が約束されていた筈なのに反故にされた。これが時平殿の推挙あらば間違いなく任官されていたと思うと余計に腹が立つ」
湛も同じ思いだ。
「このままでは、我等の昇進など忘れられてしまうであろう程にの。余は時平殿と縁戚になるよう我が娘を嫁がせることにした」
「それは良き考えになりますな。どちらに付くかはっきりする。わたくしにも年頃の娘がおるゆえ、日を置いて時平殿に娶せよう」
湛と昇は、各々の娘を時平に嫁がせることで自身の出世の道を開こうと思い定める。
翌年の正月の叙位でも、源家のもので従三位に昇進したものはいなかった。
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