第60話 帝の焦り
寛平四年(八九二年)
宇多天皇には皇太子になる前に源定省と名乗っていた頃、藤原高藤の娘の藤原胤子との間に源
胤子には第四皇子となる四歳の
無き橘広相の娘の義子との間に、第二皇子となる
三年前に、基経の娘
帝が今、頼りにしているのは左大臣源融、大納言源能有、中納言源光、参議で春宮亮の菅原道真。中納言だった源是忠は昨年の皇族復帰により是忠親王となっていることから太政官の閣僚では無くなっている。この事で帝はこの先に不安を感じている。
なかでも、文徳天皇の皇子である能有には格別な思いもある。縁者には違いないが、父親のような存在に感じている。
ある日、能有は帝に招かれる。
「皆の前では、大納言卿と言わなばならぬが、こういう場では伯父上と呼ばせて頂きたい」
「恐れ多いことではありますが、帝のお心が鎮まりますのであれば如何ようにも」
「伯父上も存じておりますでしょうが、朕は亡き太政大臣に帝としての威を貶められた。藤原家は代々皇室との関係が深い。皇位継承で皇室が乱れぬようにとしておるが、皇室の乱れを起こしてきたのもまた、藤原家である。朕は自身の代で、藤原のものを一層したいと考えている」
帝は能有に藤原の血が入っているとは思っていないようだ。
「なれど、先代が帝になれるよう、誰よりも推挙したのも太政大臣のお力添えがあったればこそですぞ」
「それは他に太政大臣の意に反論する者が居なかったからであろう。伯父上は、太政大臣とは近しい間柄であられたが、藤原のものをどのようにお考えか」
「藤原北家、式家が争っていたころは、わたくしも彼らを好ましく思っておりませんでした。わたくしの母は大層、藤原のものを忌み嫌っておりました」
「伯父上を皇位継承から除くための策略であったと聞いています。そのようなことを平気で為す」
「政というものは、決断しなければ物事が前に進みません。亡き忠仁公も皇位継承と臣下の争いを断つために信念を持って行ったものと、今は思っております。その結果、大きな争いごとは無くなりました。太政大臣もその思いを汲んでおられた。そして時平殿にもその思いを継承しているものと思っています。時平殿が帝の意に沿うようなお方になればと思うております」
「朕も時平が蔵人頭を務めてくれ、彼の者の能力を高く評価している。特段嫌っている訳では無い」
「力というものは均衡すべきであると考えます。藤原家だけでなく、他家のものも同等であるべきかと」
「左大臣もお年故、今は伯父上が頼りじゃ。お力添えを頼みいりますぞ」
帝が危惧しているのは源融にもしものことがあれば、右大臣の藤原良世が順当に左大臣になる。
また藤原の者が、官僚の長となる。だが、良世も齢七十二。在任期間もそうは長くない。藤原家の脅威は何といっても中納言になっている時平を於いて他にはいない。
二十五の働き盛り。右近衛大将も兼任しており、実質的な力を兼ね備えていると言って良い。
帝を悩ませているのはそれだけでない。
別の日に、清涼殿に菅原道真を呼ぶ。
廃位された陽成帝が、自らを上皇と名乗り、復位を目論んでいるとの噂がある。
帝が源定省であったころ、一時期、陽成帝の侍従をしていた。陽成帝にとっては臣下であったものがと、蔑む思いがあるようだ。
年齢も帝より若く、いまだ二十六。藤原遠長の娘を娶っており、すでに皇子をもつ親になっている。皇子は元平親王と名乗っている。
自身の不徳で廃位に追い込まれたが、正統な血筋であることに変わりはない。
基経亡き今、復位を考えるのは当然のことだ。
「宮中では廃位させられた陽成帝が、重祚を企てているとの噂があるが、そちは何か知っているか」
「そのようなものは噂にすぎません。企てがあるのであれば必ず人の動きがある筈ですが、お屋敷に位の高い人物の出入りがあるとは聞いてはおりません」
「朕もそう思っているが上皇を名乗っているとか、朕を蔑むような言動など、噂とも思えない節がある」
「それでしたら、皇太子の件は早いうちに帝の皇子に決めた方が良いものと存じます」
翌年の四月 第一皇子の敦仁親王が立太子し、皇太子となる。
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