第59話 時平の裏工作

基経の死後、その年の暮れに臨時の閣議が開かれる事になった。これは時平が中納言の諸葛と結託してのものになる。議題は皇族に関する事だ。


時平は議会の開催の前夜、中納言源光の屋敷を訪れる。


「これは時平殿、よう参られた」


「このような時分に失礼いたします。明日の閣議の前に是非、中納言様にお話して置きたい事があり、罷り越しました」


「ほぉ。如何なる要件にございますかな」


 何か趣があると感じた光は、真剣な眼差しで時平を見つめる。


「議案は帝のご兄弟で源家となられた方々を再び親王として皇族にお戻り頂く事を決めるものになります」


「ん。当然、そのような事をする意味を問われるであろうが、何か思惑でもおありか?」


「方々の除籍の件は正式な閣議で決まった事ではなく、先の光孝帝と父太政大臣が皇位継承のために内々に取り決めた事にございます。父亡き今、それを元の形に戻したいと考えております」


「建前としては意義があるように見えるが、そなたの真意は別にあるということですかな」


「はい。その事で参った次第です」


「わかった。格別な思いがあるのであれば話を伺いましょう。その上でお力になれるかお答えしよう」


 時平は辺りを気にするような仕草で、光に近づく。


「帝は亡き父との事で我ら藤原の力を削ぐよう画策しています。道真殿を重用していることからも間違いありません。この先、帝のご兄弟の源家の方々が重用される事になりますと、我らにとっても些か不都合があるものがと存じます」


 時平は敢えて我らと言ったが、光は特に気にしていないようだ。寧ろ、藤原家と同様に同じ姓で縁戚だが別の家の意識が強く、重用される事の方に意識が向いているようだ。暫く思案した後、口を開く。


「なるほどのぉ。皇族復帰を餌に将来太政官の閣僚になるのを阻止するのが狙いと言う事か。とおる殿と同様、皇族に戻り、帝に成りたいと思っている者も居る事は確かだ」


「はい。その通りにございます。先ずは中納言是忠殿に親王復帰頂かなければと考えております」


「それで余は明日如何致せば良いのか?」


 光にしてみれば源家の中納言は自分ひとりの方が都合が良い。時平の狙い通りになった。


「議題のあらましは中納言の叔父諸葛が進めて参ります。議決は中納言是忠殿に納得してもらわなくてなりません。そこで中納言様には是忠殿がその気になるように仕向けて頂きたいのです」


「承った。では細かい話をしようではないか」


 父から教わったのか、この様な事ができるのは政治的な能力が高いと言える。


その後、二人は明日の問答について細かく話し合う。


 

 議会の当日、議長により本件の議案が告げられる。


「本件は、帝のご兄弟であらせられ、氏族となった源家の方々を皇族にお戻り頂く事を決めるべく参集頂いた次第であります」


 当然一部の者から疑問の声が投げ掛けられる。


「なぜ今更そのような事を決めねばならんのか?」


 議長からの指示で、中納言藤原諸葛が返答する。


「臣下の事は先帝と亡き太政大臣が内々に取り決めた事で、先帝のご厚意で行われたもので本意ではありませんでした。それがために先帝崩御の後、太政大臣はご譲位を今上帝にする事を推挙しました。太政大臣が薨去した今、帝以外の方々を皇族にお戻り頂く事が本件の目的になります」


「降下した者を皇族に戻す意義など有るのか?」


「本来の形に戻す事に政治的な意義があると考えます。そもそも降下は皇族の方々が多い事で、財政逼迫を回避するためのやむを得ない措置と考えます」


「確かに。それは一理ありますな。その点に問題は無いのか?」


「はい。式部省、大蔵省からもその事に対する問題は無いと回答を得ています」


「では、該当する方はどなたになるのか?」


 式部省の官吏が報告書を読み上げる。


「ご兄弟様の年齢が高い方から、申し上げます。源近善ちかよし殿、源是恒これつね殿、源舊鑒もとみ殿、源貞恒さだつね殿、・・・・・・・・」


読み上げられた名前の中に中納言源是忠これただがいる。これには左大臣が声を上げる。


「中納言の是忠殿が皇族に復帰されるとなると、太政官の閣僚が減る事になるが問題無いのか?」


 これに大納言の源能有が答える。


「中納言には藤原諸葛殿、源光殿もおりますれば特段問題は無いかと思われます」


 自身が皇族復帰できなかった為、人の事が気になる。是忠は目を閉じて思いに耽っているようだ。


「他に異議のある方はご意見を頂きたい」


 議長の申し立てに皆が思案に静まり返っている中、中納言の光が声を発する。


「これは良い話では無いか。是忠殿もまだ三十路半ばでまだお若い。皇太子の事もこれからどうなるか解らぬ」


「・・・・・・・・」


 皇太子の言葉に是忠が反応して臥せっていた顔を上げた。更に続ける。


「我がその立場であれば否やは申しませぬ。我らとは異なった尊い立場からこの国を導いて頂きたい」


 聞こえの良い言葉に是忠の表情が和らぐ。ここぞとばかりに諸葛が後押しする。


「皆様に申し上げる。ここは中納言の是忠殿のご意見に従いましょう」


 異議を唱えるものは居ない。議長からの要望で是忠が口を開く。


「閣僚の方々に異議が無いのであれば、余とてそれに従いますぞ」


「反対の意見が無ければ本件は可決と致します。但し、親王復帰についてはそれぞれのお方の判断で、強要するもので無い事と致します」と議長がまとめる。


時平の思惑通り、中納言をひとり閣僚の座から引きずり下ろす事に成功した。

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