第55話 臣下の者たちの憤り
事件が収まると、右大臣源
帝の即位とともに正二位に叙され、左大臣に任命される資格を得た。
仁明天皇を同じ親にもつ、弟で参議の
弟たちの前で自身の苦悩を打ち明ける。
「基経の専横をこのままにしておいて良いのか。帝は我らの甥御じゃぞ。あのような屈辱を受けて黙っていられるのか」
冷は兄に肯定的だ。
「兄上の言う通りだ。太政大臣の策にまんまと乗せられてしまった」
一番年下の
「確かに口惜しいが、まだ若い帝ゆえに過ちを
「な、何を申すか。天上人で在られる天皇が臣下に欺かれ、謝罪までする始末、威厳が地に落ちたとは思わぬか」
「太政大臣も摂政にならんと焦り過ぎたようですな」
「我らは力を合わせ、これからの太政官の有様を示さねばならぬ」
「兄上方は藤原家と争うつもりにございますか?」
「これまで藤原家が他家を退けたように、今度はあの者らを失脚させたいのだ。亡き光孝帝が目指した嵯峨帝のごとき、天皇親政の世を目指す」
「天皇を頂に我ら源のものが中心となって世を治めるということですね」
「そうだ。冷の言う通りだ」
熱い闘志の兄たちをよそに、光は冷ややかだ。
「されど我ら源のものだけでは、そのようなことは成し得ませぬぞ」
「光の申す通り、藤原のものを退けるには、他家の力添えが必要じゃな」
「広相殿があのようになられて、もはや橘には頼れるものはおらぬ。中納言の在原行平殿は官職を退任された」
「残念なことだが、長子のことが余程こたえたものと見えますな」
「他に力のある公卿はおらぬか」
「蔵人頭であった
「他家が当てにならないとなると、源のものだけでことが成し得ましょうか」
「源と言えと、一枚岩でないからな」
左大臣の源融は、嵯峨天皇の皇子であり、中納言の源能有は文徳天皇の子である。
「左大臣は太政大臣との関係は良好で、奥方も藤原の出である。しかも高齢であるからとても我らの思いが通じるとは思えませぬぞ」
「それでしたら、能有殿も太政大臣の娘を娶っておりますし、関係も良い。我らの計画に賛同してもらえるとは思えませぬぞ」
「では藤原家の体制は如何なっておる」
「太政大臣以外には、大納言の藤原良世、参議の藤原諸葛と藤原有実そして、蔵人頭となった時平。有実以外は皆、藤原北家の者になる」
「我らの方が少し心もとない。もっと賛同できる者を集めるとしよう」
兄たちと別れ、光は思いに耽る。
自分が争い事の中心にいるのは何としたも避けたい。兄たちの思いはわかるが、源のものは帝に成りたいものはいるが、政の長になりたいと思うものなど居ないと思っている。
現に左大臣の融などは、自身が還俗して帝になりたかった程だ。中納言の能有にしても、藤原家と上手くやって行きたいだけなのだ。
自身たちも含め、皆の中にも藤原の血があるのだから。彼らは出世するために政務の能力を上げる。
臣籍降下した源のものは、初めから四位の位と官職を得るため、自ずと出世欲も彼ら程高くない。
それなりに政務をこなしていれば、時間の経過とともに高官になることが約束されている。争い事などする必要があろうか。
(兄上らを思い止まらせる手立てはないものか。事が大きくなる前になんとかせねば)
その後、幾たびか集まっては良い思案が無いか話し合う。
公卿には頼りになるものは居ないことから、自身の子らを抱き込もうと言うことになった。子らも成人し、五位の位を得ており、中央または地方の官僚として働いている。
愚痴を話すだけならいざ知らず、行動を起こすとなると、これは自分の力で収められるものではない。
そして光は、ひとつの結論に辿り着く。
(事が露見すれば、首謀者または連座の罪に問われ都を追われる。ならば露見する前に、どなたかに打ち明けて置こう)
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