第12話 高津内親王
桓武天皇の十二番目の皇女に
異母兄弟ではあるが、桓武天皇からの勧めで帝が賀美能親王であった頃に形式上、婚礼して娶っている。
内親王の母は、坂上
大同四年(八〇九年)の譲位で嵯峨天皇となった折りに、坂上家に配慮して、妃(形の上では第一夫人)とすることになった。嘉智子も同じく親王の頃に入内したが、内親王の後に女御となったことから、第二夫人となっている。
帝となった嵯峨天皇は、ゆくゆくは嘉智子を皇后にしたいと考えており、このときは曖昧にした。
さらに平城上皇との事件があり、そのことは暫く忘れ去られていた。
事件の処断が片付いた弘化二年(八一一年)に田村麻呂は逝去した。(享年五十四)
帝は事件の終息に大いに貢献があったことに加え、長年の功績を讃えて従二位の位が贈られた。
遺体は甲冑を纏い、立ち姿のまま東の方角に向けて埋葬された。都の人からは平安京の守護神として崇められた。
桓武天皇は仏教の強大化を恐れ、平安京に寺院を建立することを許さなかったが、清水寺は唯一建てることを許されたことから、相当な信頼関係があったことが伺える。
弘化五年(八一四年)となったこの年、ふたりの男が高津内親王のもとを訪れる。
田村麻呂の弟で伯父にあたる
ともに公卿に列するほど、位は高くない。
「お妃様にはご機嫌麗しく存じます」
「叔父上様方、お久しゅうございます」
「急な呼び出しに驚きましたぞ。此度は如何なる用向きになりますので」
壮年に達して働きざかりの二人だが、武骨な家柄のふたりだけに何ともこのような雰囲気には慣れていないようだ。どこか落ち着きがない。
「都の守護神であられました大伯父が身罷られて早二年が経ちます。誠に寂しことではありますが、いつまでも悲しんではいられません。叔父上様に置かれましても、更なる高い位になっていただき、皇家と坂上のお家との絆を強くしてもらいたく存じます」
「いかにも、我等とてその為に日々努めております」
「わたくしとて帝にお仕えして第一の妃になったとはいえ、未だ皇后にさえなれていない有様。ここはひとつ、叔父上様方のお力に縋りたいとお招きした次第でありまする」
さすがに武骨者でも世間の評判からして、ことの仔細は理解できる。
(なるほど、聞けば帝は橘氏の嘉智子とか言う女御にご執心とか、あそこの家のものが皇后になるよりは我等の家のものがなった方が好都合と言うものだな)
「我等坂上のものは先年の上皇様の反乱においても、帝の御為に大いに尽くした。お妃様が皇后にお成りあそばせられましたら、なんとも心強いことか」
「そうですな、兄上。帝は此度の事で藤原のものに大層目を掛けているようだ。この上、皇后の位まで他家のものになど成られたら、我等坂上の面目が立ちませぬぞ」
鷹主の言うことも尤もなことだ。
内親王にしても帝が、後から入内した嘉智子のところに居ることが多くなり、腹ただしく思っている。あのものに皇后になど成られたら、我が子らの行末が危うくなると思うと、近頃は寝覚めが悪い。
実家の力に頼るのは当然のことだ。
「くれぐれも良しなに頼み入りまする」
「わかりました。お妃様、親王様の御為に坂上のものとしてお力添えいたします」
天皇家との縁を強めたいと願った坂上家から、第一夫人の高津内親王を皇后に推挙したい旨の申し入れがあった。
これには帝も頭を抱えた。いまや、ほとんどの時を愛する嘉智子と過ごすことが多く、皇后のことなど忘れていた。
(あぁ、これはなんとしたことか。よりによって坂上からの申し出とは。無下に
すぐさま蔵人所から冬嗣が来る。
「帝、……」
「おお、冬嗣よ。前置きは良い。そちに相談したいことがあるのじゃ」
「何事でござりまするか、顔色が悪うございますぞ」
「坂上のものから、第一夫人の妃を皇后に推挙したいとの申し入れがあった。都にとって坂上の家は大事だが、内親王を皇后にすれば武門の家に力を与えることになる。それは朕にとって、いや国家にとって望ましくないことと思うておる」
「お考えはご尤もなことと存じますが、帝に置かれましては皇后は別な方を望まれているのでは」
信頼関係が無ければ言えぬ、無礼な発言だ。
「そなたには隠さず言うが、本音を申せば嘉智子を皇后にしたいと思っている」
「わたくしにもそのように見受けられます」
「ことを穏便に済ませるよう、そちに頼みいる」
「坂上家の面目を潰さずに、嘉智子様を皇后にお成りあそばせると言うことでござりますね。相手が相手だけに力ではなく、策を弄する必要があると言うことになります」
「そうじゃ、決して争い事にならねようせねばならんぞ」
清涼殿をあとにするとさすがにこれはどうしたものかと思い悩む。
(困ったことになったな。如何にすれば良いものか。美都子にも何か思うところはないか話てみよう)
屋敷に戻るや空かさず事の仔細を美都子に話す。
「一難去ったと思えば、また一難。心休まる間とてない。何か良き知恵は無いかの?」
「相手があの坂上のお家とは、嘉智子様もお気の毒なことですね」
「嘉智子様が皇后にお成りあそばせましたら、我等にとっても喜ばしいことだ」
「力ずくが叶わないのであれば、高津内親王様が皇后に成れぬような弱味を見つけ出さなければなりませんね」
「そうする他はないな。人を使って探らせよう」
「先年は坂上のお家と力を合わたと思えば、今度は反目し合わねばならないとは、なんと悲しいことでしょうか」
冬嗣は配下のものを遣って、坂上のものの身辺を探らせることにした。
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