第9話 坂上田村麻呂
翌朝、まだ夜が開ける前に平城京一里ところまで進軍する。行先には
神功皇后は自ら太刀を取り、九州征伐、朝鮮半島まで攻めて周辺諸国を切り従えたとされる女傑であったと伝えられている。
朝廷ではこの国の安寧を願い、毎年この陵を詣でて慰霊を行う。
田村麻呂と冬嗣は陵に向かい、この度の争いで国が乱れることが無いことを祈った。田村麻呂の指示で天陵の先にある高台に陣を張ると、冬嗣を正使にして上皇側と交渉するよう命じる。
冬嗣らが出立するや交渉が決裂した時に備えての準備を始める。
夜が明けると冬嗣らは、平城京に入る。
既に都から仲成が捕縛されたこと、薬子らの官位が剥奪されたことは伝わっているようだ。冬嗣らの到来もわかっているらしく、使いのものが現れて行先を案内する。
道々は人の気配は無く、宮中は静まり帰っている。
政庁らしい荘厳な建物に通される。
中で待ち受けるのは、兄の藤原真夏、備後の雄、文室綿麻呂。
「これは兄上、お久しゅうございます」
「ことの仔細は都よりの知らせで承知している。上皇様は既に挙兵する旨の詔を発した。もはや交渉の余地は無い。この上は速やかに己が陣に戻られよ」
「朝廷以外が詔を発するとは何たること。もはや取り返しのつかないことになっていると?」
「誠に残念なことだが、我等の立場ではどうにもならぬ」
「さればお二方におかれましては帝よりご帰還なされるよう、仰せ遣っております」
「わかった、田村麻呂殿に良しなに伝えてくれ」
「承りました。では後ほど軍勢に加わりますよう、使いのものを差し向けますので、くれぐれもご用心下さいませ」
冬嗣らが去ると、真夏は綿麻呂に話しかける。
「これで我等は賊軍となった。そなたはここで田村麻呂様の軍を引き入れ、ともに都に戻ってくれ。わたしは上皇様と行動を共にする」
「なんと愚かな。我等の役目は終わったのだ。大人しく都に戻れば良いではないか」
「都に戻ったとて先々のことは知れている。我が一族には弟の冬嗣がいるので大丈夫だ。なればこそ上皇様に己が命運を託したいと存ずる」
都に戻って、弟の下で働くのは面白くないのであろうと思う綿麻呂である。
(真夏にはすまぬが、儂はまた田村麻呂様の下で暴れ回りたい)
「男子が決めたことなれば致し方なし。儂は帝、いや、田村麻呂様の下知に従う所存だ」
「さればこれにて別れだ。今で世話になった」
固く手を取り合う二人であった。
上皇の方では、思いのほか兵が集まらない事に苦慮している。敵軍の将があの坂上田村麻呂ならば致し方ないものかと嘆く。
薬子は気が狂わんばかりに動揺している。
「兄上が捕まったばかりか、わらわの官位まで取り上げられるとは。この先如何すれば良いのやら」
先だっての閣議では一部のものが抵抗している間に東国に落ち延びて、再起を計る事となった。
「わたしはここを離れたくありません。東国など行ったとて、どうなることやら」
「ここで戦ったとて勝ち目は無いと皆の意見だ。そなたも共に落ち延びる支度をしてくれ」
「戦って見なければ分かりませぬ。たとえ破れたとて、上皇様に手上げるものなどおりませぬ」
そこへ会見から戻った真夏が現れる。
「上皇様、急ぎお支度を。まもなく鎮圧軍が攻め込んで参りますぞ」
「わかった。薬子よ。先に参る故、後から必ず来るのだぞ」
退き口の門に上皇および、側近らが集まる。
しばらく待つが薬子の姿が見えない。
様子を伺いに行ったものが、浮かない顔でもどる。
「どこへも行かない、ここで死ぬとの一点張りで、兵も困っていおります」
上皇は、拒む薬子を無理やり引き連れ、一同は平城京を後にする。
冬嗣は陣に戻るや、交渉が決裂してことを田村麻呂に告げる。
田村麻呂は直ちに平城京の制圧にかかるよう、兵らに進軍の下知を出す。
軍勢が羅城門まで辿り着くと、目の前にひとりの男が待ち構えている。
「お懐かしや、将軍殿。上皇らは既に落ち延びられた。これより先は何も有りませぬぞ」
「おぉ、それなるは綿麻呂ではないか。口上あいわかった。我等は城内を検分する故、そなたは急ぎ都に戻り、状況を奏上してくれ」
「わかりました。すぐさま都に戻ります」
「綿麻呂殿、わが兄真夏は何処におられますか。ともに居るものと思っておりましたが」
「冬嗣殿か。お主のことは、出来た弟と真夏殿から聞いていた。真夏殿は上皇様と共に落ちると言って、袂を分かった」
冬嗣は兄の思いがわかる気して何とも心苦しい。
鎮圧軍は大極殿までの道すがら、抵抗は受けるがあっという間に制圧する。
もはや、軍を指揮するような者はいないようだ。
各御殿を制圧し、確認するが中には誰の姿も無い。
ただ、後宮殿に上皇の更衣であろう女官が死んでるとの報告があった程度だ。薬子では無いらしい。
田村麻呂は冬嗣を呼び、都に戻る事を伝える。
こうして争い事は収まり、鎮圧軍は都に戻った。
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