第6話 平城上皇重祚の企て
平城天皇は帝位するも、先帝からの重臣も未だ多くいることで、自身の考えている政策も中々思うように進まない。
だが、父の代に膨らんだ官職を整理して国費を軽減するなど、少しずつではあるが成果を上げている。
僅か数年で臣下の信任を得られるものではないことはわかっている。人間関係でも苦慮している。
これに加えて、伊予親王親子を死に追いやったことを悔やみ、体調がおかしくなってしまう。
元来体が弱いせいもあり、二年近くも経つと政務につけない日も増えてきている。
もはや皇太子に譲位し、身は都を離れ、養生したいと考えて始めている。
侍従におのれの思いを打ち明ける。
「本来なら、皇太子の高岳親王に皇位を譲りたいのだか、まだ幼い」
「ご幼帝をお支えするための執政なるものを臣下に置いては如何でしょうか?」
「愚かなことを申すな、そのようなことをしたら氏族のものどもに力を与えるようなものよ。それどころか、天皇の権威が地に堕ちることになるではないか」
帝の憂いは、やがて現実のものとなる。
大同四年(八〇九年)平城天皇は弟の賀美能親王に譲位、嵯峨天皇が誕生する。
嵯峨天皇は、皇太子に上皇となった平城天皇の皇子、
上皇は、側近の侍従以外に信頼を寄せる藤原仲成(式家)、郊外に追放された仲成の妹で愛妾の
上皇の御座所移転に伴い、冬嗣の兄の真夏は平城京の造営の役目を受け、上皇らと行動をともにする。
これは平城京の状況を知るために、帝と内麻呂が仕組んだことであろうことは明らかだ。
他に、瀬戸内一体の海域を治める有力な豪族
綿麻呂は蝦夷征伐で武門の誉れ高い征夷大将軍坂上田村麻呂の一の部下である。兵を統制するためのものが必要との上皇からの断っての願いで人選に加わった。
嵯峨天皇が平城京に上皇を見舞いに訪れるなど、暫くは二人の間は良好な関係が続く。
一年におよぶ湯治などの養生の甲斐もあり、平城上皇の体力はみるみる回復していた。薬子の献身的な奉仕によるところも大きい。
当然、政治的な意欲も自然と沸き起こってくるというものだ。
嵯峨天皇は上皇が官吏の統廃合に設置した観察使の役職を、諸国の疲弊として廃止してしまう。これは上皇に近い人材で占められていることによるものでその食封を確保するためのものだ。
それを上皇が設置の詔を出すという、二所朝廷という事態に発展してしまう。
これを期に二人の関係が悪化することになる。
嵯峨天皇にしてみてもやはり、若い帝に重臣らも思い通りにならないことで病に臥ってしまう。
このことを知った仲成は事件の切っ掛けを得ることになる。
仲成と薬子は、上皇のもとを訪れる。
「上皇様、機は熟しましたぞ。今こそ称徳天皇以来となります、
重祚とは、一度帝位を退いた天皇が再び帝位につくことを言う。
五十年程前に称徳天皇が重祚して、孝謙天皇となり帝位を継承している。その前例があればこそ、仲成兄弟は意を決する。
「わたくもこの時が必ず来ると信じ、お仕えしてまいりました」
「何をたわいもないことを申すか」
「仲成もかようになると先の譲位を反対しておりましたものを」
「あの折り、余も最早これまでと思い定め、後事を弟に託した」
「上皇様はまだお若うございますぞ。今一度、上皇様の復位も問題ないかと存じます」
仲成の言うとおり、上皇はまだ三十路半ば。隠居するような歳では無い。
「何を申すか、いずれ皇太子が帝位を継げば良いことでは無いか。そち達も皇太子の元で力を振れるのではないか」
「わたくは嫌でございます。今一度上皇様の御世を見とうございます」
二人にとって、このままこの地に埋もれたくは無いのである。
薬子に至っては自身の子でもない、皇太子のことなどどうでもいいのである。
「上皇様が重祚され、再び高岳親王を皇太子としていただき、更には高岳親王のお子が帝位を継いでこそ桓武帝からの直系となる王朝が完成するというものです。いががでしょうか?」
「・・・」
上皇は突然の提案に言葉が出ない。
「この旧都平城京で、お体がご本服なされたのは神武帝より脈々と継嗣された血、即ち神のお導きによるものでは無いかと思われます」
「聞けば都の帝も治政が思い通りにならないことで、気を病んで臥せっておると言うではありませんか。誰に憚ることがありましょうや。時が満ちたということにございます」
力強い二人の言葉に力が沸き上がる。
「そなたらの申し出よくわかった。この地を再び帝都にしようぞ」
上皇は二人の強い願いを受け入れ、平城京遷都に思いを馳せる。
「それでは私はこれより、賛同する貴族を集め、重祚の詔を発するべく平安京に行きます。親類の
「わかりました、兄上。上皇様のことはお任せ下さい」
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