第4話 藤原仲成の謀略

 平城天皇の即位から暫く経った、ここは伊予親王の館


立太子の件は上皇后乙牟漏の意向もあり、賀美能親王が皇太子になるのは当然の成り行きと言える。


 だが伊予親王にとっては面白くない。


(父帝は何かと自分に目をかけてくれた。行幸や狩の帰り道には必ず寄ってくれた。生前譲位であれば自分が皇太子になっていた筈だ。母も同じ思いに違いない)


 母吉子の伯父にあたる藤原雄友おともは南家で大納言の官職にあるので、何かあれば頼れると考えている。


 いま一番心を許しているのは、北家の宗成むねなりだ。


冬嗣の従兄弟にあたり、この時二十二で血気盛んな年頃である。親王自身と歳は幾らも変わらないので気兼ねなく話ができる。


 今日館に来てくれたときにも、つい、そのことで愚痴めいたことを話してしまった。宗成も自分の方が皇太子に相応しいと言ってくれ、ともに心を痛めてくれた。


 親王の館を去った宗成は心が沈んだまま、鬱向きかげんで帰路に着く。


「これは宗成ではないか。浮かない顔をして如何した?」


声を掛けられたのは式家の仲成なかなりだ。


 妹の薬子くすことともに平城天皇の覚え目出たく、官位は従四位上、公卿になるのも時間の問題だ。同じ藤原姓でも家は異なるが可愛がってくれる。


 薬子は元、桓武天皇の更衣(寝所はもとにしないが、身の回りの世話をする)。天皇の仲立ちで藤原縄主ただぬしに嫁いだが、平城天皇が皇太子であった頃に仲睦まじくなり、不貞な関係となったことで桓武天皇から追放されていた。


 この後に起こる事件の立役者のひとりだ。


「これは仲成様。お気付きもせず、失礼しました」


「悩みごとでもあるのか、話してみよ。相談にのるぞ」


「ありがとうございます。ここは往来なので我が家にお越しください」


「よかろう。所用を済ましたら、邪魔するとしよう」


 

 暫くして仲成は、宗成の屋敷を訪れる。


「仲成様、お忙しいところ申し訳ありません。実は私、伊予親王様と懇意にさせていただいております。先だって親王様からご譲位の際の立太子のことで、気を落としておられましたので何か私にできることはないかと思案していた次第です」


「なるほど、確かに親王様は聡明なお方だ。皇太子に成られてもおかしくない。だが、少々癇癪持ちなところがあるな。弟君が皇太子になって、面白くないのであろう」


「はい。そのように感じられます。何かお慰めできることはないでしょうか?」


「なれば、おなごでも世話してやれば良いのではないか」


「あぁ、そうですね。そのように致してみます」


宗成と別れてから仲成はふと、あることが頭をよぎる。


(親王の母親は確か、南家の吉子様であったな。で兄が大納言の雄友殿だったな。同じく南家に中納言の藤原乙叡たかとしもいる。


 万が一、賀美能親王に何かあって、伊予親王が皇太子にでもなったら我が式家の将来が危ぶまれる。今のうちに芽を摘んでおいた方が良さそうだな)


 

 暫くして、仲成は宗成のもとを訪ねる。


「如何であった。親王様はつつがなくして居られるかな」


「はい。それが我が北家の娘を娶せたいとお話ししたのですが、今はそのようなものは要らぬと断られ、返って機嫌を損ねてしまいました」


「やはり、立太子の件で相当気に病んでおられるのだな。では同志を集めて、皇太子の件で異議を申し立てることにしては如何がかな」


「そのようなことができるのですか?」


「親王の後ろ盾には、大納言の雄友殿が居られる。儂や、儂の妹婿にあたる参議の縄主らで上表すれば事態は動くかもしれぬ。お主は親王にその意思があるか確認して貰いたい。その上で後日同志を募ることにしよう」


「わかりました。親王様のお気持ちを確かめて参ります」


(これでもし親王様が皇太子になられたら、きっと目をかけて下さるだろう)


 まだ若いだけに、ことがうまく運べば自分の将来への期待の方が先走り、仲成の口車にのってしまう。


親王も喜んでくれ、この後起こる悲劇を想像することもできない。

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