第220話池田商事役員室③

池田光子の鋭い言葉は続いた。

「圭太君が、池田商事を去って以降・・・」

「本当に外部の方には、お恥ずかしい限りだけど」

「日々の締めも出来ずに、社内は大混乱」

(この言葉で、現総務部長⦅元総務課長⦆川崎重行が下を向く)


「その混乱を収めたのは、私が恥を忍んで圭太君にアドバイスを求め、人事異動を強行したから」

(人事部長宮崎保も、うなだれた)


「日々の締め、池田商事の扇の要となるべき前総務部長は、全くあてにならず」

池田光子の目に涙が浮かんだ。

(それ以上の言及は、控えた)(不倫は、夫聡会長も同じ)

(外部の人間には聞かせたくない)


「そもそも、決算は、ずっと圭太君任せ」

「3年間黒字体質になったのも、圭太君の為替分析の結果」

(総務部長川崎重行と国際部長島田覚が下を向いた)


「それほど頼り切りになったことを、何も恥ずかしいと思っていない」

「何故、自分で努力して、日々の仕事に取り組まないの?」


池田光子は、役員全員を、見回した。

「圭太君招請を、私に一任しておきながら、秘密厳守としておきながら」

「その日の夕方には、あちこちに漏れていました」

「どなたが漏らしたのですか?」

「本日お見えになられている銀座監査法人会長杉村様に漏らした役員の方」

「それから、現財務大臣関根昇様に漏らされた方は、ご起立願います」

「いや・・・他にもいろんな方から、心配のご連絡をいただいております」

「もし、この役員会決議を破った自覚をお持ちの役員は、全て目を閉じて、ご起立願います」

(結局、役員の全員が、目を閉じて立ち上がった)


それを見て、池田光子は怒った。

「池田商事の役員会決議は、そんなに軽いものなの?」

「そして、この私を、ただのお飾りと、馬鹿にしていたの?」

「この会社の内部統制も何も、秘密一つ、それも役員自らが軽々に破ってしまう」

「こんな会社に勤める社員が、それを、どう思うの?」


池田光子は、ここまで言って圭太に深く頭を下げた。

「圭太君は、現財務大臣関根昇さんとも、近い縁」

「圭太君のおじい様里中寛治様の甥が関根昇さん」

「それを考えれば、池田家より格上です」

「また、かの大銀行家田中圭三様のお孫さん」

「この池田商事が、かつて倒産の危機に、救ってもらった大恩ある田中圭三様のお孫さん」


そこまで言って、立ち尽くす役員全員に厳しい言葉。

「圭太君が、池田に迎えられて幸運だことの、玉の輿だことの」

「そんな馬鹿馬鹿しい軽口をおっしゃられる役員も多いようですが」

「そもそも、池田で満足するべき人ではないのです」


銀座監査法人会長杉村忠夫が挙手、発言を求めた。

オブザーバーであったけれど、池田光子が発言を認めた。

銀座監査法人会長杉村忠夫は、話し始めた。

「ただいま発言を許されましたので、少々お話させていただきます」

「多くの企業を監査している我々から御社の役員会を見ると、池田光子臨時会長代理が申されておった通り、やはり、御社には内部統制の根本に欠陥があると判断します」

「ただ、現在当社の監査対象ではないので、これ以上の発言を控えます」


そこまで言って、圭太を少し見て、続けた。

「圭太君については、我が社の将来、トップを張るべき、重要な人材」

「監査対象企業の信頼、期待も強い、こんな監査士は稀有です」

「それと圭太君自身が、我が社での仕事を希望しています」

「ですから、私も圭太君を手離す気は、毛頭ありません」


そこで、杉村忠夫は苦笑した。

「難しいのは、関根昇が、強く欲しがっていること」

「彼は、私の後輩で、政策スタッフを求めている」

「あるいは、後継者を求めている」

「圭太君は政治家には向きませんので、それはありませんが」

「近い将来、一時的には、財務省あるいは官邸に」

「今は、関根昇を抑えるのに、精一杯です」

(圭太も知らなかった話があるようで、憮然となっている)


圭太が発言を求めた。

「私が知らない話、対応しない話もありますが」

「結論として、私は現状維持です」

「池田は池田で努力を尽くしてください」


そこまで言って、池田光子を見た。

「臨時会長代理から愚痴を聞けば」


池田光子が、少し笑った。


圭太は、やわらかい口調。

「元社員の言葉をお聞かせいたします」

「祖父からの縁もあります」

「出来る限り、悪いようには、しません」


池田光子は、目頭を抑えている。

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