第219話池田商事役員会②

池田商事大会議室において、役員会が始まった。


まず、今回役員会の最重要議題「田中圭太様の次期会長としての役員招請」に鑑み、臨時会長代理池田光子が、田中圭太を紹介した。


「田中圭太様は、現在、若くして、銀座監査法人第一監査部課長代理という要職に就かれ、日々素晴らしい、政界、官界、財界に評判の高い監査を行われておられます」

「かつては、我が池田商事総務部にも在籍をされておりましたことは、皆様もご存知と思われます」

「また、重要なこととして、亡き華代様の娘様、律子様のお子様です」

(圭太は、立ちあがって、全員にお辞儀)


池田光子は続けた。

「前回の役員会において、現会長池田聡の病状を考慮し」

「この私が、臨時会長代理職に就任」

「それから、創業家の縁を配慮し、田中圭太様に次期会長としての役員招請を、この私に一任する、と決議がなされました」

「そこで、田中圭太様に、役員招請に関して、お願いをいたしました」

「本日は、その招請に関して、圭太様の御見解をお話になる、とのことで出席していただきました」

「忙しく重要な監査業務を、現に実施されている中での御足労に、心より感謝申し上げます」

「それから、今回は銀座監査法人会長杉村様、専務高橋様には、オブザーバーとして、お越しいただいております」


全役員が圭太と杉村会長と高橋専務に頭を下げるのを見終わり、圭太は立ち上がって、「見解」を述べ始めた。


「ただいま、ご紹介いただきました、田中圭太です」

「3月中旬まで、この池田商事に勤務しておりました」

「ですが、自主退職をいたしました」

「その理由は、会長命令の人事異動に対応が出来なかったため」

「本来は、懲戒解雇相当の身分でありました」

「聡会長のご厚情で、そうならなかっただけです」


圭太は、全役員を見回した。

「また、会長命令の人事異動に対応できなかったのも、極めて個人的な理由です」

「決算前の忙しい時期、この会社にも動揺と迷惑を与えました」

「そのような人間が、次期会長として、道義的な観点で、適切なのでしょうか」

(この言葉で総務部長川崎重行、人事部長宮崎保は下を向いた)

(池田光子は厳しい顔で、総務部長と人事部長を見つめている)


圭太は続けた。

「確かに、故池田華代様との関係は、あるようです」

「しかし、父も母も、生きている間、一切その話はしませんでした」

「池田家と付き合いは、まったくありませんでした」

「池田家との関係は、母の葬儀の後に知ったことです」

「それを今さら、どういうことでしょうか?」

「池田商事として、池田家として、そうなった原因を含めて、身勝手過ぎるのでは?」

(この見解も重いようで、役員全員が下を向いた)

(池田光子は、頷いている)


圭太は、さらに厳しい顔になった。

「会長のご病状はお聞きしております」

「しかし、努力をすれば、回復が見込まれる状況とも」

「光子様も、まだお若く、しっかりとした見識をお持ちです」

「それなのに、現会長を見捨て、光子様を、まるで飾り物の人形のように退任させる?」

「まずは、会長の回復にできる限りの尽力を行い、光子様をしっかりと支えるのが、池田商事の役員会の責務と思うのですが」

「何故、安易に、この私に?」

「出来得る努力を怠り、現会長にも光子様にも、実に無礼で失礼極まる決議と思うのです」


一言も出なくなった役員全員に、圭太は静かな声。

「私は、田中隆と律子の子です」

「祖父は里中寛治と田中圭三、祖母は里中由美と田中清子」

「法的には、池田家と関係はありません」

「以上のことを、総合して、今回の役員招請決議につきましては、お受けかねます」


池田光子が、圭太に頭を下げて、全役員に向き合った。

「圭太様の深い気持ちを感じて欲しいの」

「律子さんは確かに華代さんの娘さん、私もよくしてもらった」

「でも、圭太君は、池田商事に、律子さんの重い病状を相談できなかった」

「そこまで、人事部も総務部も、信頼がなかったの」

「圭太君は、自己責任にしているけれど」

(総務部長と人事部長は顔が蒼ざめ、全役員に困惑が広がっている)

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