第215話関根昇から渡された物。

関根昇は、少し顔を下に向けた。

「何とか、上手に圭太君の家に行くよ」

「どうしても、位牌に手を会わせたいから」


圭太は、その気持ちを受け入れた。

「新盆もありますので、数日間休もうかと、その時期に」

「会長も来られるとのことで」


関根昇は、表情をやわらげた。

「そうか、杉村さんとか・・・それなら」

「何しろ、マスコミが面倒でね」


圭太が頷くと、関根昇は、鞄の中から、小さな袋を出した。

「新婚祝」だった。

圭太は、驚いた。

「法に触れます?」

関根昇は、笑顔で、首を横に振った。

「近い親戚の内輪の話」


「ありがとうございます」

圭太も、口外する気がないので、受けた。


「それと・・・」

関根昇は、また小さな袋を鞄から出して、圭太に渡した。

「開けて出して欲しい」


圭太が、袋から出したものは、立派なケースに入った万年筆の「新品」。

ただ、新品ではあるが、相当古いデザイン。


関根昇が説明した。

「里中寛治叔父から、二本もらった」

「一本は、俺用に」

「もう一本は、俺が育てたい男にと」

「値段は・・・わからん」

「寛治さんの気持ちだ」


圭太は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「寛治じいさんの、心がわかったような」

「私も、万年筆のほうが、字が書きやすくて」

「それにしても・・・いい万年筆で」


関根昇は、笑った。

「数十年経っても・・・」

「こういう職人仕事はいいよな」

「俺も、もらった時から毎日ハードに使って、30年以上」

「まだ書きやすいから」



圭太と芳香は、午後8時半で、関根昇との会食を終えた。

関根昇からは、「いつか、落ち着いたら非常勤のスタッフに」と声が掛けられた。


圭太は、「まだ新盆も済ませていない、一周忌の後以降に考えます」と言葉を濁した。

ただ、臨時には声をかけたい、と言われ、拒絶はできなかった。

(やはり、深い縁に配慮した)


料亭での代金は、「割り勘」はできなかった。

(関根昇が、あくまでも、親戚の内輪話と言い張った)

(圭太も顏をつぶすようなことはしなかった)


ただ、料亭からの徒歩帰りは、たしなめられた。

「どんなマスコミが難癖をつけて来るかわからん」

「しかも圭太君は、池田商事の次期会長に招請されている立場」

「おそらく、顏も調べられているはず」

「芳香さんの安全も考えなさい」


圭太は、それも受け入れた。(タクシーで帰った)

タクシーの中で、芳香は「ふぅっ」と息をはいた。

「緊張しました・・・本当に」

「でも、いい人ですね、テレビで見ると、キレキレですが」


圭太も、ホッとした。

「芳香、ありがとう」

「自慢の嫁を見せられて、よかった」


芳香の目が一気に潤んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る