第213話麻布料亭にて②母律子の昔話

母律子の里中家時代の話に移った。(関根昇は、饒舌になった)

「律子姉さんと、寛治叔父、由美叔母さんは、仲が良くて、あちこちに3人で旅行していたよ、よくお土産もらった」

「そうだな、博多、広島、出雲、京都、奈良、伊勢、名古屋、伊豆、仙台、花巻、北海道・・・言い切れん」

「台湾とか、グァムも・・・ああ・・・ウィーンとかパリも」


圭太は、やわらかく合わせる。

「聞くだけで、楽しい話です」


関根昇は、続けた。

「律子姉さんと由美叔母さんは、姉妹のように仲がよくて、買い物も一緒」

「銀座が多かったかな、時々お付き合いさせてもらって」

「俺は、律子さんの自称恋人だったから、楽しかったな」

「それと由美叔母さんは料理が上手で、律子姉さんも、よく教わっていたなあ」


圭太は、母律子なりに、「義理の母由美と懸命に仲良くしていた」と思っていたけれど、ここまでとは知らなかった。

池田律子と里中寛治の、実際は不義の子である、母律子。

その律子を「育てさせられながら」、祖母由美も複雑な思いがあったと思う。

しかし、関根昇の話を聞くにつれ、祖母由美の「人間の大きさ」に、感服する。


圭太は、関根昇に、素直に礼を言った。

「本当にありがとうございます」

「母から、そんな話を聞くこともなく」

「今夜は、貴重なお話を聞かせていただき、本当に幸せです」

(芳香は、いつの間にか、目を潤ませている)


関根昇が、逆に圭太に聞いて来た。

「俺も知らなかったけれど、何故、杉並から月島に移ったの?」


圭太は、返事に困った。

(芳香は圭太をじっと見ている)

それでも、論点を整理した。

「まず、両親から、何も聞いていません」

「急に、移りました」


少し思い出したことがあった。

「月島に移る・・・一か月前かな」

「母が珍しく電話の相手に強い口調で、お断りしますと」

「その夜に父と長い相談をしていました・・・池田との単語も聞こえて来ました」

「私は、詳しくは聞いていませんでしたが・・・もしかすると・・・」


圭太は、その電話の相手が、池田の先代ではないか、と感じた。

とにかく、「他人の金は自分の金と言い切る程」に強欲で、口だけは達者との評判が強い。

池田光子の実家の割烹からも、ほぼ無理やりに、金をむしり取ったらしい。

母律子も、おそらく「池田の先代から、金を無心されていたかもしれない」、そう思った。

(池田光子から、何度も聞かされた)

(しかも自分の投資の失敗、女への手切れ金もあったとか)


関根昇も、圭太の表情で感づいたらしい。

「池田隆か?もしかして」

「まあ、圭太君自身が、答えられないか」

「ただ、それで・・・月島かな、田中圭三さんの銀行が関係しているウォーターフロント開発計画もあった」


圭太は否定も肯定もできない。

「とにかく、よくわかりません」と返す。


関根昇は、圭太の目を見た。

「その池田が、圭太君を会長に招請するとか?」

「どうする?」


圭太は、即座に否定した。

「戻りません」

「戻るべきではないと、思っています」

「私は、池田聡会長の人事異動を拒否して、自主退職」

「他の一般企業なら、懲戒解雇もあり得ます」

「そして、銀座監査法人に拾ってもらった立場」

「母さんが勤めていた税理士事務所長が、世話をしてくれて」

「まだ、半年も経っていません」


関根昇は、深く頷いた。

「池田からは、離れる運命かな」

「律子姉さんも、圭太君も」

「そのほうがいいよ」


圭太は、関根昇と、ようやく話が通じる、と思い始めている。

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