第212話麻布料亭にて①関根昇と圭太夫妻

翌日の午後5時、圭太と芳香は銀座監査法人のビルを出た。

「お迎えの車」は、断った。

(午前中に関根昇の秘書が確認連絡をよこした時に)

理由は、「マスコミに下手にかぎつけられても困る」とした。


だから、メトロに乗って、最寄りの駅から歩いた。

芳香も、それには賛成した。

「そんな大臣からのお迎えの車なんて、乗った気がしません」

「それより、圭太さんと知らない街を歩く方が楽しいですから」


実際、大した距離でもなく、午後5時半過ぎには、麻布の料亭が見えて来た。

「政治家が使いそうな、ご立派な」

圭太は、そう思ったけれど、芳香は目を丸くしている。

「まあ、どんなお料理が出るのかな」


圭太は、その芳香が面白い。

「大臣より、料理?」

芳香も、笑う。

「だって、雲の上の人過ぎて、わかるのは料理ぐらいです、それもわかるかどうか」


料亭には名前を告げて、待たせてもらうつもりで入った。

ただ、自分も芳香も「場違い過ぎて」追い返される不安もあった。

(そうなったら、そのまま帰ろうと芳香と決めてあった)

(料亭の気取った料理より、豚肉生姜焼きのほうが美味いと思っていたから)


結果的に、圭太の懸念は杞憂に終わった。

料亭の受付で名前を告げた途端、仲居が満面の笑顔。

(圭太は、その化粧臭が辛かった)

「田中圭太様と奥様、はい、関根昇様がお待ちかねでございます」


圭太は、ハンカチで鼻を抑えて、廊下を進んだ。

(芳香は、圭太の気持ちを察して、笑っていた)


仲居が奥まった部屋の戸を開けた。

「田中圭太様と奥様がお見えになりました」


圭太が「田中圭太と妻の芳香です」と頭を下げて入ると、「関根昇」が、満面の笑顔で立ち上がった。


大きな声だった。

「いやーーー来てくれてありがとう!」

「20年ぶりだよ、大きくなったなあ!」

「それから、結婚おめでとう!」

「さあ、座ってくれ!」


圭太は、いつもの冷静な顔。(芳香は緊張して顏が赤い)

席について、「礼等」を言った。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「それから、失礼とは思いましたが、お迎えの車は、遠慮させていただきました」


関根昇は、満面の笑顔のまま。

「いや・・・立派になった」

「車は、確かに圭太君の言う通り」

「下手にマスコミに書かれても嫌だよな」


圭太が、軽く頷くと仲居が3人に酒を注ぎ乾杯となった。

関根昇が音頭を取った。

「里中寛治と律子さんの顏を思いながら、乾杯!」

(関根昇は目が潤ませ、圭太と芳香は静かに乾杯)


「先付」を食べながら、話が始まった。


関根昇は、相好を崩したまま。

「本当に律子姉さんによく似ている」

「どこか、寛治さんの面影もあるよ」


圭太は、やわらかい顏になった。

「寛治じいさんは、写真と人の噂でしか知らなくて」

「どうやら、一癖あるタイプかなと」


関根昇は、その「一癖ある」に反応した。

「いや・・・面白い、その通りでね、頑固だった」

「ダメなことは、厳しく、はっきり言う」

「でも、しっかりフォローするから、人が頼みたくなる、相談したくなる」

「政治家も官僚も、マスコミも、恐れながらも、慕っていた」


圭太は、関根昇に酒を注ぐ。

「仕事も大変と察します、日々、お疲れ様です」

(実は、早く帰りたいと思っている)


関根昇の話が続く。

「俺も、寛治叔父には、かなり叱られてさ」

「ある時なんて、計算を一桁間違えて、呆れられて役人失格とか」

「入れるんじゃなかったとか、でも、自分のミスだから謝るしかない」

「でも、圭太君の会社の杉村さんとか、同僚がフォローしてくれて、ボロクソには言われたけれど、助かったなあ、人のありがたさを知ったよ」

「その後、寛治叔父が、謝ってくれてね。俺のミスなのに」

(関根昇の話は、なかなか止まらない)

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