第211話関根昇からの電話

「電話」は、午後4時半、圭太の内線番号直接にかかって来た。

圭太は、監査対象の大手建設会社から、帰社していた。

「はい、銀座監査法人、田中圭太でございます」


先方は、よく通る落ち着いた声だ。

「関根昇と申します」

「お忙しいところ申し訳ありません」

「圭太様のおじい様、里中寛治の甥です」

「お母様の律子さんには、大変親切にしていただきました」


圭太は、すぐに現職の財務大臣と察した。(姿勢も正した)

「はい、それは、長年の御無礼申し訳ありません」

(他に言葉が浮かばない、ただ親戚と思い、言葉を選んだ)


関根昇の声がやわらかくなった。

「そこで、実に突然ではありますが、明日の夜に、ご予定はあるでしょうか」


圭太は、素直に返事。(親戚であること、現職財務大臣であることで、断り切れない)

「特にございませんが・・・何か」


関根昇の声が弾んだ。

「そうですか、それなら、お食事をご一緒しましょう」

「ああ、奥様も、どうぞご一緒に」

「寛治さんのこと、律子さんのこと、たくさんお話したくて」

「何も心配はいりません、仕事抜きで」

「お迎えに参ります、ご心配なく」

「ああ・・・お宅の会長の後輩ですので、信じてください」


圭太は、面倒なことは言わなかった。

「了解しました」と、端的に受けた。


紀子が聞き耳を立てていた。

「圭太・・・マジに?本物?」


圭太は、冷静そのもの。

「ああ、本物」

ため息をついた。

「行くしかないか、悪い関係も作れんだろう、大臣だから」

「茶飲み話らしいよ、芳香も連れて行く」


紀子が、聞いて来た。

「専務と会長には言うの?」


圭太は、否定した。

「個人的な親戚、内輪の話、その必要はない」

「仕事の話はできない、そもそも監査士だ」

「選挙とか何とかは、言われんだろう」

「俺に集票能力はないから」


紀子は、その「集票能力がない」に笑いながら、反応した。

「それは、そうだよね」

「圭太が他人に頭を下げて後援会名簿って予想もつかない」


ただ、それ以上の会話はない。

圭太は、午後5時、定時(業務終了)のブザーとともに、退社。

芳香と連れ立って、銀座監査法人ビルを出た。


圭太の話は端的。

「芳香、明日の午後、仕事が終わったら、親戚と飯を食うことになった」

「芳香も一緒だ」


芳香は、「あら」と驚いた。

「明日の夜は、豚肉に生姜焼きの予定でした」


圭太は、笑って話を補足した。

「里中寛治じいさんの甥、母さんを、よく知っているようだ」

「俺は、生姜焼きを食べたいが、ごめんな」


芳香も笑った。

「ありがとうございます、圭太さん」

「でも、私、律子お母さまのフェチですから、そのお話を聞きたいです」


圭太は、現財務大臣とは言うべきか、どうかは迷った。

頭がいい芳香なので、すぐに現場で(関根昇の)顏を見て理解すると思った。

しかし、驚かせるのも酷と思ったので、口に出した。

「関根昇さんと言う人、時々テレビで見るかな」


予想通り、芳香の肩がビクッと動いている。

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