第210話財務大臣関根昇の想い

財務大臣関根昇は、午後4時、大臣執務室で若い女性の写真を見ている。

自宅の古いアルバムから引きはがして来た写真である。


「律子姉さん」つい、声が湿った。


いつも里中家に遊びに行くと、やさしく声をかけてくれたことを思い出す。

小学生の時も中学生の時も、夏休みには、勉強をしっかりと教えてくれた。

昇としては、律子が従姉だったのが、悔しくなるくらいに大好きだった。

写真は、律子姉さんが22歳で、田中と言う若い弁護士と結婚する直前のもの。(お願いして、撮らせてもらった)

(その田中弁護士が最大手都銀のドン田中圭三の長男であることは、結婚式で知った)


「圭太」が生まれたのも知っている。

杉並の田中家にお祝いも届けたし、抱かせてもらったから。

ただ、最初は杉並に住んでいたけれど、突然、一家でいなくなった。

その理由は、今でもわかっていない。

その後、ずっと探したけれど、見つからないままだった。

だから、「田中圭太」の名前を聞いた時は、本当にうれしかった。


最初は幹事長からだった。

「杉村さんのところに、面白い監査士がいてさ」

「ヤバい案件を上手く処理する方向に」

「例の電気メーカーも危なかったけれど、ハゲタカに狙われていたのをスルッと救った」

「かなりの人と金を救ったよ」

「何でも里中寛治さんの孫みたい、名前は田中・・・圭太」

(幹事長は、自分の後援会幹部の息子も助けられたと、喜んでいた)


本当に驚いた。

長く探していた子だったから。

その子に逢えば、律子姉さんに逢えると思ってうれしくなった。


その次は、飲み仲間でもある池田商事の役員。

「池田家の隠し子、里子で里中家に入った律子さんの子」

「田中圭太と言う子を、次期会長として招請している」


この「池田商事会長への招請」は、正直に感心しなかった。

池田商事は高級食品の取り扱いで、ブランドイメージは確かに高い。

ただ、監査士の仕事を選んだ圭太に、食品販売会社会長のイメージはない。


「しかし、美人だよ、律子姉さん」

「死んだなんて、嘘だろ?」


先輩杉村忠夫から聞いた「直葬」の響きが辛く、重い。

「里中寛治の娘が直葬?」

「いかに感染症拡大の時期でも、それはないだろう」


ただ、そうなってしまったのも、自分が一家を見失ったことも「大きな原因」と反省する。

「選挙と閥務ばかりで・・・」

「ごめんな、律子姉さん」

「線香もあげていない」

「息子さんの新婚の祝も」


関根昇は、決心した。

「とにかく、圭太君に逢おう」

「それからだ」


秘書を呼び、予定を調べさせた。

「大臣、明日の夜なら」

「いかがなさいますか?」


「麻布の店を」

「それから、相手は二人だ」

「あくまでも、個人として逢う」

「従姉の子と嫁だ」


秘書は、大臣の顏を見た。

「お相手には、私が?」


関根昇は、首を横に振った。

「俺からするよ、声を聞きたいから」


関根昇は、そのまま銀座監査法人に電話をかけている。

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