第208話監査は続く 紀子からの情報

圭太の強い口調に、営業コンサルタント高田の態度が変わった。

「ねえ・・・そういうこと言わないでよーーー」

「あんたさ、人間らしさってあるの?」

「いい?俺たちだって生活ってもんがあるの」

「それはね、少々荒い言い方をしたよ」

「でもさ、それは俺にも生活があるしさ、この会社も住宅を販売して利益が必要なの」

「それをさ・・・ほんの少しでも、考えてくれないかなあ」


・・・・・・


圭太は、その長い言葉を最後まで聞かなかった。

「お引き取り願います」

「次のヒアリングの方がお見えです」

「あなた、忙しいのでは?」

「あなたにも予定があるように、私にも予定があるのですから」


営業部長小沢が後ろを振り向くと、確かに総務部長吉浜が立って待っている。

(実は、犬猿の仲、次期役員の座を激しく争っている)

(圭太は、前日のヒアリングで、それとなく聞き出していた)


その上、営業部長小沢は、総務部長吉浜から、声を掛けられてしまった。

「おい!小沢、何やら危ない話が聞こえているぞ」

「社長から会長の耳に入った、しっかり説明して来い」

「それから、高田って言ったかな、そいつも連れていけ」

「もう、何より会長が立腹だ」

「それから、専務は、行方不明だ」


営業部長小沢と営業コンサルタント高田は、肩を落として、圭太と紀子の前を去った。


次のヒアリング相手は、総務部長の吉浜。

その剛毅実直な表情を和ませた。

「いや、田中監査士さん、途中から見事で、感服しました」

「胸のすくような、いい指摘でした」


圭太は、表情を変えない。

「政界にも対応が必要になるでしょうか」

「現職大臣も関係していますので」

総務部長吉浜は、声を低くした。

「大疑惑、大スキャンダルになる前なので、助かりました」

「こうやって指摘してもらった方が、対応がしやすくて」

「既に首相派閥と財務相派閥が動いて、反主流派の現大臣はお役御免の方向です」

「ちょうど内閣改造の時期なので」

圭太は、少しだけ表情を緩ませた。

「私たちにも監査士として責任があります」

「危険な建築を認めるわけにはいきませんので、言える範囲で、意見を、申し上げました」


総務部長吉浜は、圭太が気に入ったらしい。

「監査が終わったら、お食事にでも」


圭太は、即座に首を横に振った。

「監査士は、特に対象企業から、独立を求められております」

「お申し出は、ありがたく受け取っておきます」


午前中のヒアリング監査は、そこで一旦終了。

昼まで時間もあるので、圭太は、そのままヒアリング結果をまとめ始めた。


その圭太を、紀子がつついた。

「少しは休まない?聞きたいこともあるから」

圭太は手を休めない。

「俺は、残業をしないタイプ」

「早くまとめて、徹底的に再点検しないと、気が落ち着かない」


紀子は、圭太の脇をつついた。

「じゃあ、まとめながらでいいよ」

圭太が頷くと、紀子は聞きはじめた。

「里中寛治さんの・・・」

圭太の表情が変わった。

「俺のじいさんか?」

紀子

「私の父さんも大蔵省で、寛治さんにお世話になって」

圭太

「うん、お聞きしたよ」

紀子

「父さんから聞いたの、現財務大臣の関根昇さんも、父さんの同僚、当時の大蔵省で里中寛治さんの部下、父さんからは一つ下」

圭太の手が止まった。

「縁があるんだね、そういうの、会長も、じいさんの部下だったと聞いた」

紀子は、圭太の顏を見た。

「これも、父さんから聞いた話」

「関根昇さんは、里中寛治さんの、妹さんの長男」

「だから、寛治さんの甥」


圭太からは、何の反応もない。

「どうでもいい」と、またパソコンを打ち始めている。

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