第205話池田商事会長室 光子と山田加奈

池田光子は、池田商事会長室から、皇居お堀端を見ている。

日本人が当然多いが、外国人も増えた。

「自分が育った時代は、舶来製品と言えば、それだけで高級感があった」

「子供の駄菓子でも、アルファベットが書かれているだけで、高値でも人は買った」

「関税や為替の影響もあったけれど」


杉並の屋敷にいた頃に、光子は、時折テレビドラマや映画を見ることもあった。

いつも不満に思っていたのは、高級感ある部屋(洋風、現代風の)には、必ず外国製のワイン、水、菓子などがあること。

「あんなの中身なんて、あてにならない」

「パッケージだけで選ぶ、外国語もよめないくせに」

「舶来と言えばありがたがる日本人の愚かさ」

「日本の本物を忘れる、酷いのは馬鹿にしてかかること」


ただ、今は、そんなことは口にしない。

池田商事自体が、外国製品(主に食品)を輸入し、日本からは食品と小物を輸出する商売なのだから。


まさに主婦感覚であれば、高値の商品は買わない。

しかし、商売となれば、少しでも高く多く売らなければならないのだから。


そんなことを思っていたら、会長付秘書にした、山田加奈から内線が入った。

「会長代理、マスコミからの取材希望メールが入っております」

「業界誌の記者ですが、いかがいたしましょう」


光子は、判断が難しい。

会長池田聡の脳梗塞は結果として、知れ渡っている。

自分の臨時会長代理は、あまり異論反論はない、仕方ないと思うだろう。

問題は「圭太君への就任招請状況」である。

それこそ、言い方ひとつで、圭太に迷惑をかけてしまう。

下手をすれば、「創業者の血を引く圭太に、ポストを譲らない強欲妻」と書かれてしまうし、そこで企業イメージも落ちてしまう。

企業イメージが落ちた食品会社は、必ず経営にも影響する。

いや、食品会社に限らず、かつて家具メーカーも、親子の確執から酷いことになった事例もある。


「素直に言ったところで、その記者が素直に書くわけではない」

「受けるだけ受けて、曖昧な表現に終始」

「その前に広告を出そうかな」

「それが穏便に書いてもらえて、無難」


本当は、圭太の助言が欲しい。

総務部長川崎重行でもいいが、やはり視点や対策が厳しいのは圭太だから。

「池田のことは、池田で対応するべき」それが当たり前。

ただ、あてにならない役員たちが、圭太が「創業家に関係する人物で、次期会長」を言いふらしているのも事実。


「どうしよう」

光子は、結局、すぐに対応を決めることが出来なかった。


山田加奈を会長室に呼んだ。

素直に思うことを言った。

「私や聡はともかく、圭太君は他社の人」

「戻る気もないし、戻す権利もない」

「万が一にも記事に書かれて迷惑をかけられないの」


山田加奈も、光子の気持ちを察した。

「わかります、光子様」

「ここは慎重に、すぐには応じない方がいいかと」

「業界誌には、こちらから連絡する旨、メールしておきます」


山田加奈は、すぐに自分の席に戻らなかった。

「銀座監査法人の佐藤由紀さんと言う人と飲む機会がありまして」

「圭太さん、今は、すごい仕事ぶりのようで、とても寄りつけないようです」

「大きな不祥事を暴いて、しかも、的確穏便に解決する方向に持って行く」

「最小限の傷にして、政界、官界、業界にも喜ばれる監査士になっているようです」

「不祥事の整理屋と、自称しているとか」


光子も、これには笑った。

「池田の仕事より、いいわね」

「圭太君、水を得た魚か」

「戻せないよ、ますます」


山田加奈も笑顔。

「私も、圭太君を狙った女でした、見事にフラれました」

「すごく冷たい言い方をするんですが、思いがけないフォローがあって、それでコロリと惚れて、でも圭太君にその気がゼロ」

「片付いてくれて、悔しいような、ホッとしたような」


光子は、また笑った。

そして、芳香を口実に、圭太に逢いたくなってしまった。

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