第203話池田聡は姉律子を思う 圭太と池田光子の会話

深夜、池田聡は、夢の中に、律子を見ていた。

逢ったのは、数回。(小学生の頃)

母華代に連れられて、近所の杉並の公園で逢っただけ。

(母華代からは、他の家に行ったお姉さんと聞かされていた)

律子は、いつも可愛くて美人で、やさしかった。

逢えば、髪を撫でてくれた。

その時だけは、気持ちが晴れた。(使用人の陰口で、落ち込んでいることが多かったから)

うれしくて、そのまま泣いたこともある。

「聡君、がんばってね」と言われるのが好きだった。


「姉さん、もう、大変だよ」

愚痴を言った。(言いながら涙が止まらない)

倒れて以来、思うように動かない手足、口が辛い。

薬を飲むのも、苦労する。

看護師は「リハビリだから自分でやれ」、と言うし、でも、指が思うように動かないから、薬をこぼしてしまう。(その自分の情けなさが、また苦しい、辛い)

錠剤なら、なんとか拾える。(床に落ちて汚いと思うけれど、そのままだと看護師に叱られるから、拾って飲む)

でも、粉剤は無理だ。

とても、床をなめるわけにはいかない。

(結局床にこぼしたのを見つかって、看護師に叱られる)



「姉さん、生き返ってよ、また、がんばっての声を聞きたい」


でも、夢の中でも、律子は答えなかった。

声もかけて来ない。

どんどん、おぼろげになって・・・消えてしまった。



圭太を思った。

謝った。

「ごめんな、圭太」

「俺は、もう駄目だ」

「池田を頼むよ」

「光子?あれは怖い、言えない」

「圭太しか頼めない」

「圭太に継いでもらえないと、あの世で、親父や、ご先祖に叱られる」


「圭太」からの返事は、何もなかった。


池田聡は、夢の中で疲れ果てて、そのまま眠りの深部に。

(血圧降下剤を、かなり多めに投薬されたようで、血圧は急低下の状況)(上が65程度を上下している)



池田光子は、夕方、圭太からの連絡を聞き、まず圭太に深く謝った。

「本当にごめんなさい」

「聡の子供そのものの我がまま、ただ、圭太君の顔を見たい」

「それと、池田を任せるって言いたいだけ」

「つまり、周囲に迷惑をかけても、自分だけ楽になりたいの、あの人は」

「私に任せて、圭太君」

「本当に気にしなくていいから」


圭太は、池田光子を責めることはしなかった。

全く違う話題に切り替えた。

「芳香と、私の同僚二人が、料理を習いたいとのことです」

「あ、ごめんなさい、三人とも素人なので」


池田光子は、圭太の話が面白い。

「圭太君、嫁の料理は、褒めたほうがいいかな」

「女子には、やさしくね、それが大事なこと」

「お料理講習ね、わかりました、教えるのが上手な子に任せます」


圭太は、池田光子の気持ちを察した。

「職人も、厳しいですから」

「お任せします、よろしくお願いいたします」


池田光子は、話を戻した。

「川口久雄には、今後も接触しないように厳しく釘を刺します」

「圭太君には、圭太君の人生があります」

「池田なんかより、もっと大きな仕事ができる」

「監査で、困った人を救えるなんて、滅多にいませんから」


圭太は、気恥ずかしさと、安心の混じった気持ちで、池田光子の言葉を聞いていた。


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