第180話芳香の実感 池田光子の名前に震える

私、芳香は、圭太さんと一緒になって、(押しかけ女房だった)、何日か過ぎた。

実際は、伊豆長岡の温泉からで、抱かれた時はうれしかった。

(断られたら、生きていくことは無理、そんな覚悟を持って、伊豆長岡に行った)


あの、本当に申し訳ない事故の後、お葬式で圭太さんに、しがみついて泣いた。

「ごめんなさい」それしか言えなかった。

圭太さんは、そんな私をしっかり抱いてくれた。

すごく緊張していたから、ブルブル震えていた。

圭太さんが、あの時に抱いてくれたから、生きて来られた。

(クラスでも、近所でも、後ろ指をさされていたから・・・それもきつく)


圭太さんは、実はやさしい人。(賢くて頼りがいになるのは、もちろん)

言葉は素っ気ない、でも、私に無理をさせない。

(家事とかで、後は、俺がやるよとか)

(実際、お片付け、お洗濯、お掃除も、圭太さんのほうが手際がいいし、上手)

何より、寄りかかると、そっと抱いてくれる。

背中を撫でてくれて、時には髪の毛も。(少し子供扱いかな)


でも、料理は、全くしなかったようだ。

冷蔵庫を開けて、驚いた。

エネルギーゼリーしか、ないのだから。(冷水も入っていない)

料理は律子お母様任せで、その律子お母様が入院後は、全てエネルギーゼリーとのこと。

(病院からの呼び出しが突然で不定期に多く、それに備えたとのこと)

(聞いて悲しかった、何の役にも立てなかったことが)


それを言ったら、圭太さんは、首を横に振った。

「今さら、仕方ないこと、今は冥福を祈っている」

「父さんと一緒になれて、よかったと思うよ」


私は、お父様の「死」の「当事者」。

「ごめんなさい」って、抱きついた。


圭太さんは、また、やさしい。

「芳香を責めているわけでないさ」

「これも、今さらで」

「俺も、芳香を抱いていると、ホッとする」


私は、必死にしがみついた。

「追い出さないで、がんばります」(もう、本音しか出ない)


一緒にお風呂、一緒のベッドもうれしい、幸せ。

(早く子供が欲しい)

(何も恥ずかしくない、全部さらけ出している)



その圭太さんが、今日の夕方、渋い顔をしている。

(一緒に帰宅中)


私は不安を感じた。

「何か・・・困ったことが?」


圭太さんは、申し訳なさそうな顏。

「夜に、家に来たいと言う人が」


私は、圭太さんに、そんな顔をして欲しくない。

「わかりました、大丈夫です」(嫁として、接客するのは当然)


圭太さんは、また渋い顔。

「あまり口外できる話でも、人でもなくてね」

「馬鹿馬鹿しい、そう言い切りたいが」

「話だけを聴いて、厳しく言うことになる」


私は、よくわからない。

「圭太さんのお気持ちの通りに」

(何があっても、圭太さんから離れない、添い遂げる覚悟)


私の真面目な顔に気が付いたようだ。

圭太さんは、少し笑った。

「まあ、馬鹿げたこと、お断りするだけ」


私は、何となく予想がついた。(池田商事の関係かと)

(どういう関係か、律子お母様が里子とか聞いた・・・噂で)

(不思議な気もする)

(池田家ほどの家柄、中堅商事が、里子を出すのだろうか)

(お母様が生まれたのは、戦後、明治大正の古い日本ではない)

(余程の理由がなければ、そもそも里子にはしない)

(戸籍を調べれば、ある程度はわかるが)


マンションに入ってから、圭太さんは、来客の名を言った。

「池田商事会長夫人、池田光子さん」

「今は臨時会長代理とか」


私は、名前で緊張した。(そんなすごい人が尋ねて来るのかと)

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