第171話河合紀子の落胆
「圭太が平野芳香と入籍」その情報に、私、河合紀子は耳を疑った。
腰も抜けたような感じ、身体に全く力が入らない。
握っていたペンも床に落とした。(拾う気力もない)
「え?」
「マジ?」
「急過ぎるでしょ?」
「何で一言ないの?」
「私は?圭太の何なの?」
そんなこと言っても、もはや「入籍済み」、どうにもならないこともわかっている。
「祝福」「お幸せに」を言わなければならないことも、頭ではわかっている。
佐藤由紀が、呆然と早退したことも、聞いた。
でも、私は、圭太を見たい。
「うるさい」と思われようと、圭太の口から、直接聞かないと、気持ちがおさまらない。
(直接聞いたところで、気持ちはおさまらない、それもわかっている)
「圭太の判断は深くて、正しい」
「実に後先を考えて発言する、悔しいくらいに、それが正解」
「その時にわからなくても、後でハッとわかることもある」
今回の「平野芳香との入籍」も、「そうなのか?」と考えるべきかもしれない。
でも、今は無理、とても気持ちがおさまらない。
「何故、私でなかったの?」
「圭太、私には何でも言えるでしょ?気兼ねしないよね?」
「芳香には、気を使うって、自分で言ったよね?」
「圭太、それでいいの?」
「また、我慢し続けるの?」
圭太に「紀子お嬢様」と言われたことを思い出した。
圭太は、月島の下町住まいの圭太、田園調布のお屋敷町に住む私の、「住居地格差」を気にしていた。
でも、私も、両親も、そんなことを全く気にしていない。
むしろ、あの頑固な父が「圭太君なら、私を任せたい」、そう決めてしまったほどだ。
母公代が言っていたことを思い出した。
「紀子は、自分が圭太君を好きで迫っているだけ」
「でも、具体的に圭太君の役に立つことをしたの?」
「そういう努力をしていたの?」
「圭太君は、それで喜んだの?」
確かに、圭太が好きで、いろいろ言って迫った。(すがりついて、泣いたこともある)
具体的には・・・確かに何もしていない。
(法事の手伝い程度だ)
監査では、逆に圭太に私の大失敗をフォローされて、今はリードされている状態。
(実際、圭太は、私より監査に向いている、もう抜かれた)
(圭太は、私がいなくても、監査で生きていける)
平野芳香といい感じで通勤して来る圭太、美味しそうに下町風のお弁当を食べる圭太の姿を思い出した。
「平野芳香は、圭太のお母様に料理を習ったと、言っていた」
「長い付き合いとも」
私は、泣けて来た。
「骸骨のように痩せた圭太にはいいのかな」
「負けるのが、当たり前か・・・」
「あの芳香のハツラツとした笑顔と、お母様に習った下町料理が圭太の壁を壊したのかな」
「料理なんて、全て母まかせ、ほとんどできない」
第一監査部のドアが開いた。
圭太が、入って来た。
鈴木部長と五十嵐課長に、「個人的な事情での遅刻」を詫びている。(圭太らしい)
ところが、鈴木部長と五十嵐課長は、圭太を笑顔で祝福。
「おめでとう!良かった!」(・・・それが当たり前だよね)
「いいなあ・・・可愛い嫁さんで!」(・・・どうせ年増で、可愛くないです)
圭太は、「また、連絡します」と、両上司に頭を下げた。
(披露宴?いやだ・・・私、知らない、出たくない)
圭太がこっちに歩いて来た。
私の顏を見た。(こいつ!いつもと同じ顏だ!)
「遅れて申し訳ありません」
(・・・私は、何を言えばいいの?)
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