第159話圭太は「監査が天職」と自覚する。

圭太が手にしているのは、研修経費の稟議書と、研修計画書(研修指導者:営業コンサルタントの顔写真が表紙にあるもの)。


河合紀子は、まだ圭太の不機嫌が理解できないので、聞くことになる。

「圭太?何で難しい顔しているの?」

「私がアイドル水着で文句を言った時には、問題ないって言ったでしょ?」

「この研修計画だって、請求・・・かなり高いかな」

「でも、請求通りに払っていて、経理的には問題ないはず」


圭太は、それでも不機嫌な顏を変えない。

「そうじゃないよ、こいつが問題」(ボールペンで、研修指導者の顔写真をトントンと叩く)


紀子は、圭太の言葉の短さが、まどろっこしい。

「ねえ、具体的に言ってよ・・・何なの?」


圭太は、ようやく顏を普通に戻した。

「紀子が気に入らないんじゃないよ」(紀子のムッとした顔に、ようやく気が付いた)

「こいつ・・・紀子知らないの?」

「研修指導業界では、有名な・・・このバカ」

そう言われると、紀子も、その「バカ」が気になった。


そして、少し見て気がついた。

「あ・・・こいつ・・・元保険会社の不祥事の原因男か」

「イケイケドンドンの成果主義、無理やりのセールスをさせて」

「少しでも目標未達になると、営業会議、役員も営業員もたくさんいる前で、つるし上げの大叱責・・・自殺者も何人も出て、酷い無法セールスと自爆営業まで明らかに・・・」

「でも、それがはっきりする前に、サッと契約を終えて、悠々自適と海外に」

「ほとぼりが過ぎて、この財閥系企業に取り入ったのか」

「保険の不祥事と電化製品のセールスは、横の情報はつながっていないから」

「それで、あっさり取り入って、第一級営業コンサルタントと自称して」


圭太は、冷ややかな顏。

「この財閥系電化製品メーカーでも、量販店への営業はある」

「そこで、イケイケドンドン、成果のみの営業を強いる」

「なかなか売れない口下手だけど真面目な営業担当者が、会議で、多くの人の前での叱責と、格下げを恐れて、やがてコンプライアンスなんて考えなくなる」

「悩んだ末に、少々法を犯しても、自分の目標を達成しようとする」

「製品のウソをつき、金額にウソをつき、量販店に迷惑をかけても、自分の成績のために、ウソをつき続ける」

「そんな無理がやがて不祥事と化して、会社全体の信用失墜につながる」

「でも、その自称有能な営業コンサルタントは、そんなことは、ハナから承知」

「問題が起きる前に、サッサと姿を消す」

「泣きを見るのは、口下手で真面目な営業担当者、量販店、そして顧客」

「そして、そんな営業コンサルタントを使った、当該企業」


河合紀子は、その営業コンサルタントを使う前と後との事業実績の比較表を見た。

「確かに営業実績は5%向上、でも量販店に卸しただけで、未収金は10%増えている」

「つまり量販店の倉庫に眠ったまま、売れなくて、どんどん、不良在庫になるだけか」


圭太は厳しい顔になった。

「そんな無理な営業のために、営業コンサルタントの名誉とか報酬のために」

「営業担当者が苦しみ、量販店が苦しみ、当該企業が苦しむ」

「そんな営業経費、研修費支出に、何の意味がある?」


河合紀子は、圭太の顏を見た。

「それで、どう指摘にするの?」

「支払いは終わっているし、研修はこれから2年は続くよ」


圭太

「まず、営業部長と、営業担当者を別々に呼ぶ」

「未収金管理部署も、呼ぶ」

「決算にも、やがて少なからず影響が出るはずだから」


圭太と紀子は、それで話をまとめ、第一監査部部長鈴木と課長五十嵐に相談をかけ、了解を得た。

第一監査部部長鈴木は、圭太と紀子の視点に感心した。

「確かに、営業コンサルタントと自称して、実は違法セールスをしかける輩は、実にけしからん、ここで注意喚起をするべきだ」課長五十嵐は、実害を話した。

「俺の田舎の母さんが、保険で騙された、その時の本社の営業コンサルタントが、こいつだ」

「決して私怨を、と言うわけではないよ、でも、厳しくやろうよ」


圭太は、銀座監査法人の理解の速さ(池田商事とは違う)が、楽しい。

ますます、「監査が天職」と感じている。

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