第143話河合紀子は圭太に迫る(1)

午後5時、銀座監査法人の業務終了時間になった。

私、河合紀子は、圭太がソソクサと机上を整理、立ちあがろうとするのが気に入らない。 

「圭太、ちょっと待ってよ!」と強めに圭太のスーツの袖を掴んだ。


圭太は、冷ややかな顏。(蹴飛ばしたいくらい、腹が立つ)

「もし、御用があるなら、事前にお話し願いたい」


私は、そんな氷顏には慣れている。(炎の女紀子だ)

「はぁ?用があるから呼んだ」

「それとも、また仲良く平野さんと?」(やばい・・・嫉妬が口に出た)


圭太は、また冷ややか。

「業務終了後の個人の行動を、報告せよと?」

「何の権限に基づきます?教えていただきたい」


私は、圭太の「正論」には、負けることは承知していた。

(実は、平野芳香と一緒に帰らないことも知っている)(単なる嫉妬)

(彼女は、残業をするタイプなので:法律事務所の知人女性に聴取済)

「いいから、ちょっと」

「一緒に帰ろう」(マジに集団下校呼びかけみたい)


圭太は、笑った。

「方向は逆だ」(月島と田園調布か、冷静圭太だ)

「駅まで?」(おい!袖掴んだ気持ちを考えろ!この鈍感男!)


私も、立ちあがった。

「話があるの」

「二人で話したい」(もう、直球勝負だ)


圭太は、私の目を見た。(う・・・なんか怖い)

「まあ、いいか」

「どこで?」

私は、誘っておいて、声が小さい。

「二人きりになれる場所」


圭太は、冷ややかに笑う。

「具体的には?」

そう言って歩きだすので、私は肩をぶつけるように並んで歩く。

「探してよ」(・・・なんか・・・佐藤由紀みたいな、無理やり感情女だ)

(専務が、笑って私たちを見ているし・・・本当に恥ずかしい)


圭太が「探した」場所は、銀座6丁目の裏通りの、小さなバー。(客席20ほど)

とにかくシックな内装で、マスターは中年の上品な女性。

圭太を見て、「あら・・・圭ちゃん、痩せたね」と、心配そうな顔。


圭太は、やわらかい顏。

「お久しぶりです、痩せましたけれど、そこから2キロくらい増えました」

「この女性は、河合紀子さん、同じ会社で働いている人」と紹介してくれたので、私は頭を下げる。

女性マスターは、しっかりと私に握手。

「河合様、圭ちゃんをよろしく、圭ちゃん、やさしい子ですよ」

(私が頷くと、圭太は横を向いている)


二人の席は、一番奥になった。(まだ、時間も早いので、店の客は、二人きり)

圭太が、店との関係を説明した。

「学生の時にバイトをした喫茶店のマスターの妹さん」

「俺に金が無い時と、忙しい時に、店を手伝ったことがある」


私は思い出した。

「圭太は大学の学費は、自分で・・・だったよね」


圭太は、素直。

「母さんの税理士事務所の給料では、無理」

「母さんに負担をかけたくなかった、仕事しているほうが、気が楽だった」


私は、いろんな言いたいことがあった。

「で・・・芳香ちゃんと・・・どうなっているの?」

(もう、嫉妬でも何でもいい、知りたかった)

(もし、結婚するなら、言って欲しい)(泣くけど、モヤモヤしているより・・・)


圭太は、素直な顔。(全く隠さない)

「朝飯とお昼を作ってくれる」

「断りづらいのは、親父とのこと、母さんと仲良かったこと」


私は、圭太の気持ちを察した。

「あんな可愛い子が、そういう関係があって、うん・・・来るなって言えないよね」


圭太は、ここでも本音だ。

「確かに、母さんも俺も、親父が急にいなくなって、寂しくなって、経済的にも」

「でも、俺が断ると・・・親父の命を絶った原因の子を憎んでいる、そんなショックを与えてしまう」

「親父は平野芳香だから救ったわけでなくて、ただ道路に飛び出した人を救っただけだから、彼女を憎む理由にはならない」

「あの子の気が変わるまで、受けるしかないかな、難しい、本当に」

「どう言っていいのかな、わからないよ」


私は、ここで確認した。(緊張した)

「あの子と暮らす、つまり、結婚するとか」

「その気持ちはあるの?」(完全直球勝負だ)


圭太は、言い方が難しいようだ。

「断れないけれど・・・」

「あの子にも・・・」

「俺にも・・・」

「結婚の義務まではないよ」

「つまり、親父とのことに、縛られる理由も必要もはない」

「あの子には、こだわらなくていい、と何度も言ったけれど」

「それで、何で来るのかな、母さんとの約束とか・・・」


私は、圭太の微妙な気持ちが、実に痛ましい。

だから、私も本音を言うことにした。



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