第139話圭太の考えと銀座監査法人役員 池田商事の大混乱

専務高橋美津子からの質問は常識的なものだった。

「圭太君は、池田華代さんのご葬儀、社葬には参列するの?」

「この前の圭太君のお母様律子さんの法事には、お見えになっていたけれど」


圭太は、端的に答えた。

「参列はしません」

「元社員ですが、会長命令の人事異動を拒否して、退社した人間です」

「参列できる立場では、ありません」

「池田商事の母の法事への出席は、よくわかりません、池田商事のご厚意とだけ受け取りました」

(とにかく、母律子と池田華代の関係は、極秘であるべきと考えている)


専務高橋美津子は、圭太の返事には、反論しなかった。

(池田華代と律子の関係までは、思いが至らない)

(かつて税務署で律子と一緒に働いた時も、そんな話は出なかったから)

「わかりました」

「圭太君の気持ちもあります」

「判断に任せます」

「会長と私で、出席します」


圭太が専務室を出た後、専務高橋美津子は、会長室に出向いた。

専務高橋美津子

「やはり圭太君は、参列しないとのことでした」

会長杉村忠夫は頷き、考えた。

「圭太君の性格では、そうなるかな」

「池田商事は、圭太君に辞められたことが口惜しくて、仕方がない」

「だから、法事に出たと、解釈するべきか」 

専務高橋美津子は、会長の分析が、正解のようで、しかし、まだ疑問が残る。

「でも、あり得ないと思います」

「やめた社員の母の法事に、会長、会長の妻、総務部長、人事部長、社員まで参列したのですから、厚意も過ぎるかなあと」


会長杉村忠夫は、腕を組んだ。

「もしかすると・・・圭太君が拒絶して・・・」

「池田が、圭太君に期待する・・・何かが?」

「あるいは、誰にも知られていない何かが」

「でも、他人がどうのこうのも、言えんよ」

「とにかく今は、圭太君は我社の手離せない人材、池田になんて返せない」 

専務高橋美津子も会長杉村忠夫の判断を是として、そのまま専務室に戻った。



さて、「社葬」を執り行うことになった池田商事は、大混乱になっている。

まず、施主で、池田華代の長男でもある会長池田聡が、まだ九州の不倫ゴルフ旅行から戻って来ていない。

(連絡は夜の11時についた。ゴルフ場のカートにスマホを置き忘れたとの苦しい言い訳)

(池田聡は、母華代の臨終には立ち会えなかった、始発の飛行機も悪天候で遅れた)


また、仕切り役の総務部長吉田満も、到着が遅れた。(仙台の女とトラブルらしい)


社葬会場の手配、関係各社への連絡、参列者の席次、葬儀社との打ち合わせも含めて、総務課長も、係長も、他人事のように準備を進めない。

(全て会長と総務部長が戻ってからと、何もしない)


そんな上司たちに呆れていた総務課山本美紀は、またしても凡ミスを連発し(入力金額、日付の間違い)、総務課同僚が後始末に追われている。

(大泣きになった山本美紀には処理を任せられないので、別室に隔離した)


そんな総務部の様子を見ながら、人事部長宮崎保は、何もしない。

「余計な手伝いをして、またミスをしても、困るだろう」

「社葬は総務部の仕事、内規にも明記されている」

「余計な手伝いをしてミスをすると、総務部長は血相を変えて怒るし、キレる」


その人事部長宮崎保に、人事課山田加奈(田中圭太と同期)が嘆く。

「圭太君がいれば、全部仕切っていますよね」

「それも完璧に、厳しい時ほど、強いから」

「でも今は、何でも他人任せ、誰も仕切れない」  


山田加奈の嘆きに、宮崎保も同感。

「会長自らが、無責任だ」

「自分の親が危篤になりつつあるのに、九州の女と浮気ゴルフだよ」   

「ご母堂も、死んでも死に切れんよ、可哀想だ」


山田加奈は、宮崎保の顏を見た。

「人事が手伝います?」

「葬儀だけでも・・・今の総務は見ていられない」 

 

人事部長宮崎保は、首を横に振った。

「それは出来ない、ミスしたら、責任を押し付けて来る」

「それが、総務部長吉田満の性格」

「そもそも他人のミスを追求して出世した男だぞ」


山田加奈も、その「陰険で陰湿な」性格は知り抜いている。

「わかりました」と、自分の仕事に戻った。

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