第136話平野芳香は引かない 押しの一手

私、平野芳香は、圭太さんが好き。

もし、圭太さんが他の女性を好きになっても、圭太さんが好き。(絶対に奪い取る)

確かに圭太さんの性格は難しい。

でも、それは表面的なもので、深く考えれば、その優しさと思いやりが、わかる。


まだまだ先は遠いけれど、私は圭太さんの「嫁」になりたい。

気取った「妻」でも「奥様」でもない、「嫁」になりたい。


理屈なんてない。

私の身体が圭太さんに,添いたいと願っている。(肉団子と称して、圭太さんを不意打ちして抱き締めた、その時に身体の奥が潤んだ)(圭太さんに抱かれたい、と本当に思った)(旦那様は圭太さんしか、考えられない)


今朝も、昨日に引き続き、圭太さんの家に押し掛けた。(心は既に、押し掛け女房ですから)

一気に言葉で圭太さんを押す。(圭太さんは、また着替えていなかった)

「律子さんとの約束ですから、圭太さんを食べさせることは」

「私の両親も行けと」

「もちろん、私も圭太さんと、この部屋で朝ご飯、大好きです」

「お着替えも・・・」


いつも冷静な圭太さんでも、着替えは見られたくないようだ。

「あ・・・それは・・・」

「見せられる身体でもない」(その慌てぶりが、恥じらうなんて可愛い)


それでも、約5分で着替えて、いつものキッチリ圭太さんがテーブルに着いた。


「毎朝は申し訳ない」


「圭太さん、私の楽しみを奪わないでください」

「味噌汁も飲んで」


「お金も払わないと」


「母と相談します、下町の朝ごはん、その程度ですよ」


「味噌汁の出汁が絶品だね、これ・・・美味しい」


「30分早くこの家に入れるなら、ここで味噌汁作ります」


「そこまでは、遠慮するよ」


「圭太さんが朝寝坊できなくなるから?」


「いや、負担かけたくない、今朝も申し訳ないと」


「負担ではありません、住み込みの家政婦したいくらいですから」

「この部屋が大好きです、隅田川がきれいに見えて」 

「この部屋で、お母様とお話するのが、私の日課でした」


「そうか・・・そこまで・・・」


「えへへ、圭太さん、おかわりします?」


そんな話が続き、週末に話題が移った。

「圭太さん、土日は?」(他の女の機先を制する目的だ、まず先約重視)


「ここにはいない、出かける」(おや・・・先約取られた?)


「どこに?」(私は引かない、押しの一手)


「伊豆長岡の温泉に」(素直な圭太さん、面白い、可愛い)


「彼女さんと?」(しっかり探るのだ)


「それはない、一人で」(・・・孤独趣味?許さない)


「ずるいです、私を置いて?」

「この部屋の前で泣いているかも」(ためらいなく、泣き落としも使う)


「泣かなくとも」(圭太さん・・・また焦った・・・押しが成功している)


「旅館を教えてください」(また、押す・・・押し掛けたい)


「今から取れるかな」(ここで冷静になるのが圭太さん、確かに理屈ではそうだ)


「取れなかったら、無理やり同じ部屋に入りますよ、妹扱いでも、何とかなりますって」(私は、もうメチャ振り、決して引かない)


圭太さんは、あまりの責めに、笑っていた。

私は、その笑顔の奥を探った。


(確かな手ごたえを感じた)

(圭太さんの頑固な心の、氷の壁を崩すような手ごたえだ)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る