第125話圭太は自己否定に陥る

圭太にとって、父が平野芳香をかばって命を落としたことが、「平野芳香を突き放せない」原因であることは、圭太自身理解している。


その上で、懸念するべきと思うのは、「父に命を救ってもらった平野芳香の弱み」に「付け込んでいる」と、平野芳香や世間に取られること。


だから、圭太から、平野芳香に「要求」はできない。

平野芳香が、何かを「要求」して来たら、「自然で普通に」愛想よく応じることが、当面の良策と考えている。


ただ、圭太自身は、平野芳香に、何の思いも持たない。

そもそも、平野芳香の弱みに「付け込む」ことができない以上、「思い」など持つべきではないと、決めている

その上で、圭太が「望む」としたら、平野芳香が自分から離れて、性格が良くて、立派な(裕福な)男と結婚すること。

それを考えれば、明日の朝も、弁当も「不要」であるけれど、何しろ「突き放し、拒絶が出来ない」のだから、「受ける以外、ない」のである。


平野芳香と出勤、平野芳香が作った弁当を食べて、河合紀子が、どう思うかなどは、全く考えない。(もちろん、佐藤由紀も)

河合紀子にしても、佐藤由紀にしても、「今は再会したばかりで、自分を面白がっているだけ」と分析している。

二人とも、時間の問題で、自分以上の立派な相手を「簡単に」見つけて、自分は「単なる同僚」になることも、しっかりと理解している。(そのほうが安心するとも)



いろいろと、「否定的」なことばかりを考えていて、ふと、父のことを思った。

「親父は、何故、母さんと結婚したのか」

「不義の子と知っていたのだろうか」

「親父は都銀の支店長で、内部監査室長まで出世した田中圭三の息子」

「弁護士資格は、大学時代に取ったと自慢していたから、優秀だったらしい」

「母さんは、税務署か」

「恋愛結婚とは聞いた」

「・・・恋愛だから、不義も何も関係ないのか、勢いに任せたのか」

「見合いなら、調べる…でも、不義の子は戸籍にはないか」

「少なくとも、池田の記載は戸籍に乗っていなかった」

「いろいろ、裏工作したのか・・・気に入らんが」


そこまで考えて、馬鹿馬鹿しくなった。

「親父は他人をかばって交通事故に巻き込まれて早死に」

「不義の子、戸籍に実母を乗せられない母さんは、癌で早死に」

「いずれにせよ、恋愛の相手として、俺は普通より落ちる、下の下か」

「女子たちが騒ぐ、恋愛カーストで言えば、かなり低い」

「そんな男が普通の恋愛を望んでも、相手に迷惑」


一周忌と三回忌も考えた。

「四十九日は、ウカツにも、人を集めてしまった」

「新盆も、その流れで来る人は拒めない」

「でも、一周忌と三回忌は、順番待ちで、寺の都合で決められる場合もある」

「母さんが死んだ日を考えれば、年明けの寒い時期から決算前の忙しい時期になる可能性が高い」

「そんな日に出席する人、させられる人は、迷惑でしかない」

「やはり、葬式と同じ、俺一人でやる」

「母さんも、他人様への迷惑は望まない、そもそも法事は親族だけで行うのが普通なのだから」


そこまで考えると、銀座監査法人への勤務も、どうでもよくなって来た。

むしろ、あの銀座監査法人のビルから、なるべく早く去るべきと考える。

「平野芳香、佐藤由紀、河合紀子の前から、出来る限り早く姿を消すべき」

「それが、彼女たちの幸せのためになる」


圭太は、「その時期」を考えた。

「母さんの勤めていた税理士事務所から紹介してもらった職場」

「すぐにやめれば、恥をかかせる」

「せめて一年かな」

「それでも長いが、俺には」


「およそ、一年で、一身上の理由で退職」

「その後は、誰も知らない土地で、どうでもいい仕事をして暮らす」

「当面生きていくのに困らない遺産もある」

「困ったら、マンションも売る」


「俺の血筋を残す方が、社会に迷惑だから、結婚はしない」

「とにかく遠い地方か・・・それも目立たない地方がいい」


圭太は、考え疲れた。

強いコニャックを原液で飲み、そのまま眠ってしまった。

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