第124話芳香の圭太への想いは、高まるばかり

芳香は、「はい、田中です」の声を聞いた途端、胸が破裂しそうなくらいに、ドキンと鳴った。

「芳香です!あの!」(自分でも、中学生みたいだ、と恥ずかしい)

圭太は、やわらかい声で聞いて来た。

「何かあったの?あ・・・昨日はありがとう」

(法事のことかな?お礼なんて。こっちが申し訳ないのに)


芳香は、大きな深呼吸が必要だった。(そうでないと、言葉にならない)

「明日の朝なんです、少しお時間いいですか?」

圭太から、少し笑ったような声。

「うん、具体的には?一緒に職場に行くとか?」

「何か、集団登校みたいだね」


芳香の顏が、赤くなった。

「あ・・・いいかも・・・それ・・・」(圭太と一緒に通勤なら、うれしい)

しかし、芳香の用件は違った。

「あの、それもお願いしますが」(いまだ、具体的なことを言えていない自分が恥ずかしい)


圭太は、相変わらず、やさしい声。

「それで、何かな、芳香さん」

その「名前呼び」が、芳香の胸を撃ち抜いたような、衝撃のような(快感のようでもあった)。


「朝ご飯を、圭太さんと食べたいなあと!」(はぁ・・・言えたと、でもドキドキはおさまらない)


圭太からの返事には、間があった。(芳香は不安だった)

「いいよ、どこで食べるの?」(とりあえず、否定はされなかったので、ふうっと息を吐く)


芳香は、ゆっくり、確実と言葉を出した。

「あの・・・圭太さんのお家で」

「お持ちしますから、朝ごはん」

圭太は、笑った。

「芳香さんがケータリングするの?」


平野芳香

「はい、私が一緒に食べたいから」

「隅田川を眺めながら、朝ごはんです」(ここで、ようやく具体的になった)

圭太は、あっさりと了承した。

「うん、わかった、期待しています」


平野芳香の声は、弾んだ。

「はい!こちらこそ!朝7時には伺いますから!」

圭太からは、また笑い声。

「忙しいね、早く寝るかな」




圭太との電話を終え、平野芳香は、母和美に報告。

「無事に了解してもらった」

「がんばります」


母和美は、芳香の電話を聞いていたので、笑っている。

「何か、中学生みたいね、芳香」

「ついでに、お弁当も作ってあげたら?」


芳香の目が大きく開いた。

「うん、作るよ、私」


母和美からは、アドバイス。

「圭太君、痩せ過ぎだから、今は和風に」

「江戸風味がいいかな」

「おふくろの味的なもの」

「私も手伝うから、安心して」


芳香は、「うん、助かる」と返事、自分の部屋に戻った。

圭太のラインに「お弁当も任せてください」とメッセージ。

少しして「ありがとう、お願いします」の返信。

芳香は、安心して、ベッドに入った。


カーテンは開けてあるので、墨田川越しに、実は、圭太の住むマンションが見える。

(住む部屋までは見えないけれど)

(芳香は、ずっと圭太の住むマンションを見ながら寝るのが、事故以来の習慣)


届かないと思うけれど、圭太に呼びかけた。

「もっと、お世話させてください」

「毎日でもいいです」

「夜でも、かまいません」

「圭太さんが好きなんです」

「命を救ってくれたお父様も」

「こんな私を励ましてくれた、やさしいお母様も」


涙が出て来た。

「一緒に住みたいです、四人で暮らしましょう」

「他の女の人・・・私は嫌です」

「私にしてください」

「妹扱いも嫌です、圭太さん」


芳香の呼びかけのような、つぶやきは、夜遅くまで、何度も続いた。

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