第123話圭太の決断

その日の監査業務は終了、圭太は定時に退社、月島のマンションに戻った。

(河合紀子は、圭太の厳し気な雰囲気に、声をかけられなかった)

食事は、またしてもエネルギーゼリー。(外出するのが、面倒だった)


久しぶりに、母律子の部屋に入った。

目的は、母律子と池田華代の手紙を読むこと。

もう少し、「心の関係」を知りたいと思った。


手紙のやり取りも多かったようで、20通以上残っていた。(華代からのもの)

内容は、どれも、同じようなもの。

時候の挨拶、身体の具合が多い。

時には、お金の話、生活に不安があるかないかもあった。

ただ、母律子は、弱音を吐くタイプではない。

実際、お金には困っていなかったようで、次の華代からの手紙には、「安心しました」、の言葉があった。

財産分与の話(華代が万が一の場合、華代の財産を律子に分与するというもの)もあった。

しかし、次の華代の手紙では、「残念です」の言葉。(おそらく母律子が遠慮したと察した)

「池田に戻って欲しい」の言葉も、あった。(父隆が事故で亡くなった直後だった)

その次の手紙にも「残念です」の言葉。(圭太は、母の気持ちの強さを感じた)


読み終えて、圭太は、「読んでよかった」と思った。

少々、揺れていた気持ちが、完全に固まった。


「池田華代さんは、悲しむかもしれない」

「しかし、池田から、金も財産も受け取らないのは、母さんの意思」

「母さんを、我慢して、育てたのは里中家」

「里中の由美ばあさんは、華代さん以上に辛い思いがあったと思う」

「自分の娘ではない女の子、親友の華代さんと、じいさんとの不義の子だ」

「その里中を裏切るなんて無理、母さんが正解だ」


里中家の祖父は、元大蔵省の幹部。

田中家の祖父はトップバンクの銀行の幹部。(父隆が相続していたが、父は平野芳香をかばって、事故死)

結局、母律子は、父からの相続分を含め、両家から「相続財産」ではあったけれど、かなりの財産を受け取っていて、金に困るようなことは、なかった。


圭太は、子供の頃に住んでいた杉並から、何故下町の築地に移って来たのか、その理由にも、思いついた。


「要するに、池田家が杉並にあって」

「その杉並から、離れたかったのかもしれない」

「気まぐれな、自分勝手な池田家のことだ」

「放り出しておいて、また戻れとか」

「里中家とか、田中家の財産目当しかない」

「池田光子の実家の鰻屋みたいに、資金繰りに困った時に金づるになるだけ、取られ放題にされかねない」

「それも池田聡のボンボン経営の後始末だ、馬鹿馬鹿しい」


圭太の顏が厳しくなった。

「下手に財産分与を受ければ、池田に取り込まれてしまう」

「それは、父さんも母さんも認めないで、財産分与を受けないで、生き切った」

「今を生きる俺も嫌だ」


池田華代からの「財産分与拒否」の意思を固め、「華代の葬儀」について考える。

圭太は、「出席しない」と決めた。

池田の社葬になるのに、池田を辞めた人間がノコノコ顏を見せるのは、おかしな話。


池田家の墓は、元総務なので知っているので、墓参で済まそうと決めた。

「仏さんに、誠意を伝えればいい」それ以外にはない。

池田の母の法事への出席は、考えないことにした。

「あくまで池田が勝手に来ただけ、拒む理由もないだけ」


そこまで決めて、窓から築地の病院を眺めた。

「意地悪のようだけど」

「これが筋と思います」

「池田の金と財産は、池田で処分するのが、当たり前」

「これが、家を理由にして、母さんを放り出した、あなたの罰」

「それは、受けて欲しい」

「嫌いではないですが、人の世の習いと思うので」


少しして、スマホが鳴った。

画面には「平野芳香」と表示されている。


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