第122話池田光子の不安
私、池田光子は、不安で仕方がない。
それは姑の池田華代の死期が近い、それが、どう見ても確実であること。
末期癌用の強い痛み止めを処方され、ただ目を閉じているだけの姿を目にしていると、「早く天国で楽に」と本当に思う。
何度も思うけれど、私にとって姑の華代さんは、「お姉さん」のような楽しい人、あるいはやさしく受け止めてくれる「おふくろさん」のような安心できる人。
夫の池田聡は、本当に苦労を知らないボンボン育ちで、私とは「私の実家の金目当て」で結婚しただけ。(何度も、そのボンボン経営のツケを、実家の金が救った)
そんなことがあっても、私には感謝の一言もない。(むしろ、当然と思っているようだ)
私とは、子供が出来ないのが不満なのか(理由なのか)、あちこちの「商売女」と浮気のし放題。(でも、子供は結局できなかった)
(それを、姑の華代さんに、何度も涙をこぼして、謝られた)
そんな池田家の状況の中、姑華代さんは、死の苦しみを迎えている。
だから、夫池田聡に聞いた。
「もし、ご葬儀になったら、圭太君に連絡は誰がするの?」
夫池田聡の返事は、用を得ない。
「ああ・・・俺が?あ・・・総務部長でも人事部長でもいいか・・・」
私は、さすがに腹が立った。
「あのね、圭太君は、もう別の会社なの」
「池田商事の支配はできないの」
「それなのに、法事に、ノコノコと出て」
「貴方と、私なら、まだわかる」
「でも、総務部長とか人事部長とか、他の女子社員が何故出るの?」
「圭太君だって、驚いたと思うよ」
夫池田聡の答えは、やはりボンボン甘ちゃんだった。
「いいだろ、元優秀な社員で」
「いつかは、戻って欲しい、その意思を示した」
「女の子は・・・知らん、自主的らしい、圭太を好きらしいな」
しかし、それでは、「誰が圭太君に連絡するのか」、の答えになっていない。
私は、諦めた。
「いいわよ、私が言うから」
夫池田聡は、(私に許されたと思ったらしい)、相好を緩ませた。
「葬儀の手配は、総務部長と人事部長だ、抜かりがない」
私は、こんな夫が情けない。
いかに社葬になるとはいえ、実母の葬儀まで「他人まかせ」なのだから。
それと、もう一つ、大きな懸念がある。
夫池田聡の体調も、実は、思わしくない。
表面上は元気にしているが、「いつ、どうなるか、危ないですよ」と主治医から警告を受けている。
「何しろ、高血圧、肥満気味、コレステロール値もかなり高い」
「心筋梗塞、脳梗塞の危険も、強い」
「接待好きの食生活を変えないと・・・いつ、どうなっても」
夫池田聡が、突然死を迎えたら、池田商事はどうなるのか。
現在、池田商事に、創業者の血筋を引く人間は、夫池田聡だけ。
それが、いなくなるのだから、話は難しくなる。
保有株式の相続者は、まず、私。(兄弟も子もいないから、聡の相続人は私だけ)
しかし、私に経営能力はない。(お屋敷の奥様を続けて来ただけなのだから)
圭太君のことを社内に説明することも、難しい。
華代さんの隠し子と、正直に言うのか。
それは華代さんにとって、恥ずかしいことか、うれしいことか。
池田商事の名誉はどうなるのか。
それと・・・そもそも、血縁の公表を、圭太君が、承知するのか。
圭太君に勝手に公表はできない。
相談することも、嫌がるかもしれない。
「いったい・・・誰に相談したらいいの?」
「コトが起こってからでは遅い」
「ボンボン聡では、相談にならないし」
姑の死も迫り、夫の健康不安、池田商事の後継者問題まで重なり、私池田光子は、夜も眠れない生活が続いている。
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