第120話圭太の監査は非情を装う温情監査かもしれない。
「圭太を名指しで」相談に来た、監査対象企業の財務担当者は、佐々木と名乗った。(年齢は24歳、結婚指輪もしている)(上質なスーツを着ているので、良家のご子息感がある)
その財務担当者佐々木は、まず圭太に深く頭を下げた。
「田中さんの指摘で、本当に助かりました」
「もう、自分の力では、どうにもならなくて」
「それを、本当に上手に処理していただきまして」
圭太は、首を横に振る。
「問題の処理方針については、銀座監査法人と、あなたの会社の経営者で相談して決めたことです」
「私は、見たままを言っただけで、大したことはありません」
「監査は、それが仕事ですので」
「嫌な伝票を処理させられるほうが、苦しいと察します」
財務担当者佐々木の相談内容は、「会議費」と「研修費」の件だった。
本来、会議をする目的で貸し会議室を使用した場合の使用料は、『会議費』。
また会議での珈琲や弁当代などの飲食代も『会議費』。
社員や従業員の教育研修目的で、貸し会議室などを使用した場合の使用料は、『研修費』になる。
その上で、悩んでいることは、会議費での珈琲代や、弁当代に、直属上司が「超高級珈琲詰め合わせ」(贈答用)、弁当代として「超高級料亭の懐石弁当」の伝票を「紛れ込ませようと」することだった。
また、研修費と称して、「オペラやクラシックコンサートの最高値のチケット代を数十枚単位で、何回も紛れ込ませようとすること」も、相談された。
圭太は、苦し気な財務担当者が、可哀そうになった。
良家の子息で、無理難題など知らずに育って、苦しんでいると思った。
「ほぼ、接待交際費の領収書を、会議費と研修費に、ですか」
「会議や研修と称して、実は得意先の接待」
「オペラやコンサートも、チケットを買っただけで、実際に出向く人は、取引先企業の関係者であって、御社の研修になっていないと」
少し間を置いた。
「もしかして、会議報告書とか研修報告書も、書かされているのでは?」
「それで税務署や監査をすり抜けるのでしょうね」
「古臭い、まるで昭和時代のような、不正な、いい加減な処理で・・・」
「そして、それが慣習なのかな」
「そんなことしなくても、経営に困ることはないのに」
「普通に経理をして、税金払ったほうが経理は楽、安心して夜は眠れるのに」
「直属の上司さんも、長らくの慣習で気にしていないのでしょうね」
そこまで言って、佐々木財務担当者の目を見た。
「指摘をして、直したほうが楽です」
「経営者に直接申し上げて、改善を約束させます」
「もちろん、佐々木さんの地位と生活は守ります」
「結婚早々、奥様に恥をかきたくないでしょうから」
佐々木担当者は、再び圭太に頭を下げて帰った。
圭太は部長鈴木、課長五十嵐と相談、善後策の検討に入った。
部長鈴木
「不正の金額の総額は、決算に影響は与えないけれど」
課長五十嵐
「ただ、不正処理が慣習になっていて、気の小さそうな彼は、反発が出来ずに悩んでいた」
「でも、真面目だから、相談に来たのかな」
部長鈴木
「まあ、接待交際費を上手く改善できたから、我々に期待したのかな」
課長五十嵐
「これも圭太君の指摘から、改善効果と思うよ」
圭太は、謙虚な態度を貫く。
「先ほど、申した通り、見たままですよ」
「具体的には、役員に申し上げて、対応してもらいましょうか?」
部長鈴木は、圭太の判断を是とした。(そのまま指摘事項にするが、相手先企業の役員にも重々説明して、自主申告・相談をして来た佐々木財務担当者の身分を守る)
そこまで話をつけて、圭太は第一監査部の自分の席に戻った。
河合紀子が、圭太の肩を揉む。
「お疲れさん、何とかなった?」
圭太は、完全な疲れ顔。
「ああ・・・でも、少し、胃が痛い」
「何も口に入らない」
河合紀子は圭太の手のひらを揉む。
「これ・・・胃痛のツボ」
「ねえ、少しでも食べようよ」
「法事が終わったら、倒れたなんて洒落にならない」
圭太が苦笑するだけ(立ちあがる気配が、全くない)。
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