第119話圭太は、胃痛の中、日常に戻り始める。

翌朝も、食欲は皆無。(胃の痛みで、何も入らない)

薬箱から胃薬を出し、鞄に入れて、そのまま出勤。

銀座監査法人のビルに入り、会長室にて、会長杉村忠夫、専務高橋美津子に昨日の法事出席への感謝の意を伝えた。(圭太としては、儀礼的な意味)


会長杉村忠夫は、柔和な顔。

「お疲れ様、一区切りだね」

専務高橋美津子も、笑顔。

「私も、ようやく律子さんが天国に行けたかなと」

会長杉村忠夫は、圭太の顏を覗き込む。

「池田商事も多かったようだが?」

圭太は、言葉を慎重に選んだ。(母律子と池田華代の関係は、口外できないので)

「会長が、どうしても出席したいと、断り切れなくて」


専務高橋美津子が、圭太をフォローした。

「圭太君も、予想外のことよね」

圭太は、また、慎重な返事。

「池田商事の辞め方を気にしているようなので」

「実際、何故、出席が多くなったのかは不明です」

「でも、法事の出席を断ることも出来ず」

「今さら、興味もない会社ですが」(ここは、声を強めにした)


会長室を出ると、佐藤由紀が監査資料を持って歩いていたので、軽くお礼。

「昨日は、ありがとうございました」

佐藤由紀は、笑顔。

「いえ・・・圭太さん、お話上手です」

「それと、お母様と圭太さんのご人徳かな、たくさん集まりましたね」

圭太は、微笑んだだけ、再び頭を軽く下げて、第一監査部に入った。


第一監査部では、河合紀子にもお礼。

「昨日は、ありがとうございました」

「助かりました」


河合紀子は、圭太の肩を揉んだ。

「そんな堅苦しいこと言わないの」

「お手伝い出来て、うれしかったもの」

「圭太と私の仲で、丁寧な言葉はいらないよ」


圭太に、ようやく自然な笑みが戻った。

「特に墓参は焦った、まさかと思った」

河合紀子は、微笑む。

「それだけ、お母様のご人徳かな、圭太もだよ」

そこまで言って、河合紀子は、身体を圭太に少し寄せた。

「顔色、あまり良くないよ」

「しっかり食べたの?」


圭太は、鞄から水のペットボトルと胃薬を出した。

「疲れが出たような感じだ」

「ごめんな、まず薬を飲むよ」

河合紀子は、久しぶりに、圭太の「弱みを見せる姿」に、驚いた。

(我慢強い圭太なので、そこまで痛むのかと、心配になる)

「大丈夫?ねえ・・・圭太」


圭太が、苦笑しながら胃薬を飲み終わると、第一監査部の部長鈴木と課長五十嵐が、圭太の前に来た。


部長鈴木は笑顔。

「圭太君、少しいいかな」

圭太は断る理由はない。

そのまま立ちあがって、「はい、何でしょうか」と、聞く姿勢。

部長鈴木は、具体的な話。

「先方の財務担当者が、相談に来たいらしい」

「同席して欲しい」

「時間的には、午前10時」

圭太が、「わかりました」と了承すると、課長の五十嵐が補足説明。

「圭太君の接待交際費の指摘と処理を喜んでいる」

「他にも、処理に苦しんでいる科目があるらしい」

「手助けをお願いしたいとのこと」


圭太が了解すると、部長と課長は自分の席に戻って行った。

河合紀子は、圭太の脇をつつく。

「すごいよ、圭太君」

「監査対象の財務に気に入られるなんて、滅多にないのに」


圭太は、「相談内容を聴かないとわからない」と返事、目の前の監査資料に集中している。


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