第113話由紀は圭太が好きで仕方がない。

業務終了時間となった。

佐藤由紀は、第一監査部から圭太が出て来ると同時に、圭太の手を握った。

圭太の後ろで、河合紀子が「嫌そうな顔」をしていたけれど、気にならない。

むしろ、快感を覚えた。(勝利のような感じ)


母芳子に「迫り過ぎ」をたしなめられていたけれど、圭太の手を握った時点で、それは吹き飛んだ。(とにかく圭太を独占できたので、舞い上がってしまった)


出て来る言葉も、本音そのものだ。

「圭太さん、うれしいです」

「何か、足がホワホワしています」

圭太は、冷静そのもの。

「ヒールの高い靴は、そういう時は危険かな」

「ローファーにしたら?」

由紀は、顏を赤くした。

「ローファーなんて、女子高生みたい、もう、年増ですよ」


圭太は、由紀の「内心」を見抜いた。

「由紀さんは、まだ可愛いよ、お世辞抜きで」(実はお世辞)

由紀は、ますます顏を赤くした。

「もう!転んじゃいますって!おんぶしてもらいますよ!」


圭太は、少し笑う。

「ああ、由紀さんは、背負ったことあるから」

「何とかなる」

由紀は、「はっ!」と思い出した。

(月島のおでん屋で飲み過ぎて、歩けなくなって、圭太におんぶされて圭太のマンションに入ったこと)

「あの・・・重くなかったですか?」

圭太は、また笑う。

「そんな赤い顔するなら、聞かなければいいのに」

「重くなかった、人目もあったので急いだから」

「それに、背負った男のプライドもある」


由紀は、圭太の手をギュッと握った。(できれば、ずっと・・・一生でも背負ってもらいたい)(圭太さんなら、安心できる、全てを任せたい、それを切に思う)

「先に映画します」

「ヨーロッパのピアニストの映画です」


圭太は、「任せる」と、頷いた。(由紀は、その信頼されている感じが、実にうれしかった)

ただ、圭太から提案があった。

「音楽映画なら、ポップコーンとか、音のするものは、避けようよ」

「純粋に音とストーリーを楽しみたい」


由紀も、「その通り」と思ったので、「はい」と、寄り添った。(ここで由紀は完全恋人気分)


それでも圭太が珈琲を買ってくれたので、うれしい。(実は日比谷高校時代にも、買ってもらっていたので、高校生時代に戻った気分)(ミニスカとローファーで圭太を誘惑したくなった)


ストーリーは、パリの孤児のストリート(自己流)ピアニストが、音楽界の派閥抗争に敗れた、元高名なピアニストのレッスンを受けて、成長。コンクールで優勝を遂げるというもの。

(典型的なリベンジ物である)


映画が終わり、圭太は、満足顔。(由紀は、安心した)

「由紀さん、ありがとう、久々に音楽を聴いた、パリの風景も美しかった」

由紀は圭太に聞いてみた。

「圭太さんは、クラシックとか、音楽のご趣味は?」

圭太は、素直に答えた。

「聴かないことはないよ、ジャンルは・・・演歌以外なら」

「でも、約1年、そんな状態でなくてね」


由紀は、頷いて、次の予定を言う。

「あの・・・お寿司は、好きです?」

「実は、予約しましたけれど」

圭太は笑った。

「銀座界隈に暮らしているので、寿司はソウルフードかな」

「お店も由紀さんに任せます」


由紀は、圭太が笑ったついでに、腕を組んだ。(胸は、意識的に当てた)

「築地よりの、静かなお店、個室です」

圭太は、由紀の腕を拒まない。

いつもの早足でなくて、ヒールの由紀の歩きに合わせる。


少し歩いて、ポツリ。

「いきなりいなくなって、ごめんな」

由紀は、途端に潤んだ。

「辛かったです、圭太さん・・・見捨てられたかと」

「ご出世なので、文句も言えませんが」


圭太は、由紀の胸が何度も当たるので、「穏便に注意しようか」と考えている。

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