第109話「平野家」の圭太への思い 河合紀子の嫉妬
私、平野芳香は、夢見心地で家に入った。
母(和美)に、素直に白状した。
「圭太さんの家に寄って来ました、その前に人形町でお食事も」
母和美は、「うん」と頷いて、私を抱き締めてくれた。
「圭太君が好きになったんでしょ?」
私は、また潤んだ。
「どうしよう・・・」
母和美は、私の背中をトントンと叩く。
「まずは、圭太君の、お役に立ちなさい」
「今日は何を食べたの?」
私は素直。
「人形町のあのお店で、圭太さんはビーフシチューとパン、私はハンバーグ」
母和美は、腕を組んだ。
「確かに、お店は正解、でも、脂の強い洋食は、毎日は無理」
「圭太君の身体の状態を考えなさい」
私は、その母の言葉に驚いた。
「圭太さんの身体の状態を知っているの?」
母和美は、頷いた。
「銀行の前を掃除していると、必ず挨拶してくれるよ」(母は圭太さんのマンションの近くの銀行員だ)
「去年くらいから、どんどん、痩せて、もう骨と皮みたいね」
「お母さまの看病で、気力も体力も使い果たしたのかな」
母和美は、そこまで言って、頭を抱えた。
「芳香が馬鹿なことをしなかったら、お母様も病気にならなかったかも」
「圭太君もお父さんを・・・」
父の保(大学の教授をしている)が、顏を出した。(母和美を抱きかかえた)
「四十九日の法要は、一家で出席させていただこう」
「本葬の時は、本当に失礼をした・・・知らなかったとはいえ」
「圭太君は、男気のある、昔風だと思うよ」
「他人に迷惑をかけたくない、その気持ちが強いんだろう」
「しかし、我が家は、それでは申し訳なさ過ぎる」
「一人娘の命を救ってくれたんだ、命がけで力になるべき」
「芳香を受け入れてくれた奥様の律子さんも、圭太君にも感謝して、今度こそ役に立とうよ」
平野家では、圭太への話が、しばらく続いていた。
さて、当の圭太は、芳香を送って戻って来て、いつもの冷静な顔に戻っている。
「まあ、お嬢様をあやしたようなものか」
「興奮していたようだが、それも気まぐれ、いつかは離れていくだろう」
「もっと健康で明るい、立派な男は、ゴロゴロいる」
「俺が芳香の結婚式に呼ばれることは、ないだろうな」
風呂と洗濯を済ませて、ベッドの上に。
しばらくすると、スマホが机の上で鳴り始めた。
圭太は、スマホを取る前に時計を見た。
「9時過ぎか・・・寝ていたとも言い難い」
「緊急?おれに緊急の電話は来ない」
「もう、母さんの心配はないのだから」
しかし、スマホは、しつこく鳴り響く。
圭太は、ようやくスマホを手に取った。(実際、面倒だった)
河合紀子だった。
「はい、田中圭太です、緊急連絡でしょうか?」(あり得ないと思ったが・・・)
河合紀子は、怒り声。
「アホ!他人行儀は厳禁だよ!」
しかし圭太は面倒。(話そのものをしたくない)
「ご用件は?」
河合紀子は、予想外のことを言って来た。
「今、嫉妬に狂っているの・・・どうしてくれるの?」
圭太は、首を傾げた。
「また、誰かにフラれたのか?」
「その腹いせで俺に文句?」
「俺には恋愛指南は無理って知っているだろう?」
河合紀子の次の声までに「間」があった。
ものすごい大声だった。
「この・・・馬鹿!」
圭太は、スマホの電源そのものを切っている。
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