第108話佐藤芳子(由紀の母)の嘆き

私、佐藤由紀が、深川の家に戻ったのは、午後7時。(勝負下着も買った、後は攻めるだけ!とウキウキだ)


ところが、母芳子に、いきなり聞かれた。

「圭太君とは、どうなっているの?」


だから、胸を張って答えた。(最近、ふくらみも増した)

「明日の夜、映画館デートだよ、誘ったら珍しくOK」


母芳子は、うんうん、と頷いた・・・でも、すぐに表情が変。

「まあ・・・気をつかったのかな、しなくてもいいのに」


私は意味不明、だから聞き返す。

「気をつかうって何?」


母芳子は、呆れ顔だ。(この顏は怖い・・・いつもコテンパンに論破される前兆)

「あのさ、圭太君は、由紀に気をつかってはいないの」

「私に気をつかったの?わかる?」


私は、ますます、わからない。

「え?何で?私が圭太さんを誘ってOKもらったの、母さんは関係ないじゃない!」


母芳子は、首を横に振って、しかもため息。

「あのさ、日曜日に、圭太君はお母様の律子さんの四十九日の法要」

「それで、私も、出席の気持ちを伝えました、絶対に出たいから」

「圭太君は、そんな私の気持ちに配慮して」

「珍しく、由紀の誘いに応えた・・・それ以外にあるの?」


「うっ・・・」と黙り込む私に、母芳子は厳しい。

「その法事は、由紀も知っているはず、出るんでしょ?」

「それなのに、由紀は、そんな配慮もなく、デートに誘った」

「確かに形式的な四十九日の法要かもしれない」

「でも、施主は、気をつかうの」


ここで、母芳子は、涙顔になった。

「お葬式の時は・・・可哀想に一人で・・・」

「ところが四十九日はおそらく増える」

「あなたの職場の高橋専務も、出るはず、親しかったから」

「そんな準備とか、挨拶も考えているはず」

「それなのに、由紀は、自分だけの浅い考えで・・・」

「圭太君の状況なんて、何も考えないのね」


肩を落としてしまった私に、母芳子は続けた。

「律子さんが勤めていた税理士事務所の人と立ち話したの」

「税理士事務所も全員出たいと」

「それだけ、律子さんは、慕われていたの」

「私だって・・・本当に好きだったもの」


母芳子は、涙をぬぐった。(でも、あふれて止まらない)

「圭太君は、立派な家系だよ」

「お母様の実家は、元大蔵省の大幹部」

「お父様のご実家は、都銀の支店長」

「・・・お父様は優秀な弁護士・・・でも、道路に飛び出した女の子をかばって・・・」

「命を落として、見知らぬ人をかばって・・・」

「律子さんは、何も辛さを顔に出さないで、圭太君を立派に育てて」

「圭太君も、一生懸命看病して・・・あんなにやせるほどに神経つかって」

「まだまだ、心も身体も回復していないのに」


母、芳子は頭を抱えた。

「由紀は、何も・・・そんなことを気にしない」

「自分が好きなばかりで、弱った圭太君のことなんて、何も考えていない」

「映画とか何とかで浮かれているのは、由紀だけで」

「圭太君は、法事のことを考えて・・・私に気をつかって・・・」


私は、全身の力が抜けてしまうような感じ。

もう・・・どういう顔をして、圭太さんを見ていいのか、全くわからない。


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