第107話平野芳香のスパート④
私、平野芳香は、心臓がバクバクして、どうにもならない。
「キスしていいですか?」なんて言ってしまって(もちろん、したかった)
・・・圭太さんに、呆れられたらと、心配でたまらない。
私は、圭太さんが好きだ。
厳しいような、それでいて、深く引きずり込まれる感じで、それが気持ちがいい。
「他の女性とどうか」なんて、気にならなくなった。
とにかく、今、圭太さんを独占しているのは、私。
「今、思いを遂げなくて、どうするの?」そんな思いが強いので、もうどうにもならない。
考えていた圭太さんが、ようやく口を開いた。(怖い!ダメって言われたら、生きていけない、絶対に泣きわめく)
意外な、予想外の言葉だった。
「芳香さん・・・目を閉じて」(やさしい声だ)
(え・・・まさか・・・圭太さんから?)
(どうしよう・・・ますます、震える)
声も震えた。
「はい」(もう・・・心臓壊れそう)(目を閉じた・・・顏も真っ赤を自覚した)
また、予想外のことだった。
髪の毛を、やさしく、なでられた。
少し間があって、おでこに、やわらかい感触。
「目を開けて」(少し笑ったような声)
私は、圭太さんの、やさしい目に、肩の力がストンと抜けた。
圭太さんの選択は、「髪の毛をなでてくれて、おでこにキス」だった。
「ありがとうございます」(私の暴走を止めてくれたと、安心のような、これからの期待を持たせるような)
圭太さん
「痛くなかった?最近、唇が荒れて」(ドキドキして気がつかなかった)
「確かに・・・栄養不足?偏り?」(不摂生の圭太さんだ、何とかしないと)
だから、自分のリップクリーム(もちろん使用中だ)を、圭太さんの唇に塗った。
(この時は、完全に圭太さんのスキをついた)
「これで、間接キス完成です、圭太さん」(目を丸くする圭太さんは、実に可愛い)
(また、押し倒したくなった)
圭太さんは、また意外な予想外の言葉。
「治療してくれてありがとう」
「甘い香り・・・ジャスミン?」(そういう分析は的確なの?)
私は、また圭太さんに、すり寄った。(また、横抱きにした)
「間接キスのあとは、本物キスですよ」
「本当に抱きやすい身体ですねえ」
「私の、お肉わけてあげましょうか?」
(ここで、言葉責めを連発してあげた)
(とにかく粘った、圭太さんの唇が欲しい)
しかし、結果的に、私のスパートは、そこまでだった。
圭太さん
「夜も遅い」
「逢えなくなる二人ではない」
(この言葉の時点で、圭太さんは、今夜はその気になっていないと、わかった)
「ごめんなさい」
「今夜は帰ります」(また、来週のデートもある、と思った)
タクシーは圭太さんが呼んでくれた。
マンションの玄関の前で、圭太さんを、思いっきり抱きしめた。
そうしたら、髪の毛を、また撫でてくれた。(まるで、駄々をこねる子供みたいだった)
「家まで送るよ」
「はい・・・」(うれしくて、噛んだ)
「また、お邪魔しますよ」
「うん・・・公職選挙法の講義で?」(固いなあ・・・もう!)
「次は、完全捕獲しますよ、覚悟してください」
「唇なおるかな」
「リップクリームあげますから、私と思って毎日塗って」
最後は、漫才みたいだった。
手だけをギュッと握って、タクシーから降りた。
家の前、夜風は、まだ冷たい。
でも、心と身体は、火照っている。(あふれ気味・・・危ないくらいに)
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