第105話平野芳香のスパート②

マンションに平野芳香を入れ、圭太はソファに座らせた。

とにかく落ち着かせようと思ったので、コロンビア豆を挽き、丁寧に淹れた。


平野芳香は、うっとり気味に飲む。

「これ・・・すごいです・・・圭太さん、プロみたいです」


圭太は、静かな声で聞く。(早く帰らせたいので、喫茶店バイトの経験は言わない)

「ところで、お話とは?」


平野芳香の顏が、かなり真面目な顔。(といっても、童顔なので、愛らしい)

「圭太さん、本当に彼女さん、いないんですか?」


圭太は、即答。

「いないよ、それがどうかしたの?」


平野芳香は、圭太の目を見つめた。

「私、圭太さんの、お世話したいなあと」(胸を張っているので、本気と思った)


しかし、圭太は、意味不明なので、聞き返す。

「何のために?」

「特に困っていることはないよ」(何故そんなことを言われるのか全くわからない)


平野芳香は、上手く話せない。(平野芳香自身、もどかしかった)

「お母様との約束です」

「圭太さんが、すごく痩せていて、お母様が心配されていたから」

「私が、何とかしますって、約束したんです」


圭太は、笑った。(実に馬鹿馬鹿しい、子供の約束としか思えない)

「でも、当の本人が、どうでもいい、と思っている」

「自分の身体のこと、食べる必要があれば、食べるよ」


少し間を置いた。

「いつどうなるかわからない病人を抱えていれば、食べられなくなる」

「少しずつ、回復すると思っている」

「心配させてごめん」(それでも、母の遺影の前、あまりトゲのある言葉も続けられない)


平野芳香は、圭太の「中途半端な答え」に、納得できなかった。

「私、勝手にお世話します」

「彼女さんでなければ、妹でもいいです」

「覚悟してください」(その目が、強い)


あまりの言葉に、圭太は目を閉じた。

(どういうわけか、父と母に笑われているような気がした)


「そういう男女のことには、極めて疎い」(確かに、全く気にしていなかった世界だった)


平野芳香は、口を尖らせた。

「恋も愛もなくて、生きているだけなんですか?」

「私、そんなこと言ったら、お父様も、お母様も怒ると思いますよ」


少し引き気味になった圭太に、平野芳香は、強く迫った。

いきなり、圭太の横に座って、抱きついた。


「こんなに痩せて、骨しかないです」


抱きしめが強いので、圭太のバランスが崩れた。

平野芳香は、そのまま圭太に馬乗りになっている。

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