第102話平野芳香の思い スパート開始

私、平野芳香は、圭太さんから見れば、大切なお父様の死の原因となった、本当は憎んでも憎み切れない人であると思う。

(小学生の頃、私が道路に飛び出して、大型トラックに轢かれそうになったところを、圭太さんのお父様に身を挺して、救ってもらった)


でも、圭太さんも、お母様の律子さんも、一言も、私を責めなかった。

それどころか、お葬式の時には泣きつく私を、圭太さんはやさしく抱きしめてくれた。


お葬式の後、何度も謝りに行って、逆にお母様の律子さんに慰められ、励まされた。

「芳香ちゃんが、立派に生きていくのが、供養になるのよ」

その言葉に、何度救われたか、わからない。(いつの間にか、メル友にもなっていた)


ただ、その後の圭太さんとは、あまりお付き合いはできなかった。

学校も違う、時間帯も合わない。

気にかかっていたから、お母様の律子さんにも、時々聞いた。

「圭太さんは、元気にしています?」


律子さんは、いろんなことを教えてくれた。

「日比谷高校に入ったよ」

「朝寝坊で困る」

「映画研究部に入った、似合わないと思う」


私は、少し突っ込んで聞いた。

「あの・・・彼女さんとかは?」

律子さんは、笑った。

「ないない、そんな浮いた話」

「あの子は、地味な子だもの」

私は粘った。

「好きなアイドルとかは?」(少しでも趣味を聞き出そうと思った)


律子さんは、「うーん」とうなって

「それは、わからないよ」

「でも、若い男の子だから、お顔とかお胸とか、脚がきれいな子かな」

そんな一般的なことを言って笑った。

「あはは、若い健全な男子なら誰でもそうかなあ、そんなものでしょ」


さて、それはともかく、今の私は、圭太さんとデート、銀座の街を歩いている。

圭太さんが聞いて来た。

「平野さん、どこに連れて行くの?」


少し距離があるので、答えはお預け。

「まだ秘密です」

「でも、圭太さんの栄養補給が目的です」(お母様との約束もあった)


圭太さんは、少し笑った。(すごく上品な笑顔、ドキッとした)

「平野さんの笑顔だけでも元気になるよ」

「それ・・・恥ずかしいです、圭太さん」(それだったら、いつまでも私を見て、と言いたい)


圭太さんは、やさしい声。

「お仕事は慣れた?」


「はい!・・・でも、ど素人を見せています」(いきなりで、少し噛んだ)


圭太さんは意外なことを言って来た。

「少し慣れたら、教えてもらおうかな」


「え・・・ドキドキします」


圭太さんらしい、言葉だった。

「公職選挙法・・・固くてごめん」


「いえいえ・・・勉強しておきます」(圭太さんとご一緒できるなら、何でもいい)


圭太さんが、ニコッと笑ったので、私はスパートをかけた。

「圭太さんのお家でも?」(言ってすごくドキドキした)


圭太さんは、その丸い目をクルクルと回した。

「あ・・・うん・・・」(すごく可愛い感じな顔だ・・・ビシビシ教えてあげる)


私は、また責めた。

「来週でも?」


圭太さんは、また目を丸くした。

「いいの?マジ?」


私は、胸を張った。

「圭太さんのお役に立つのが、私のライフワークです」(これが、命と心を救われた私の本音だ)



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