第99話揺れ動く佐藤由紀は、進軍ラッパ

私、佐藤由紀は、朝は最悪だった。

まず、出勤した直後、圭太さんの第一監査部への異動を聞いた。

実力と実績が認められての出世だから、文句は言えない。

でも、この私にメッセでもいいから、「一言」あって、しかるべきと思う。(それが、無いのが圭太さんらしい、と言えばそうなるが、寂し過ぎる)

第一監査部の主任、河合紀子は、監査法人のホープ。(圭太さんの指導役につくとも聞いた)(どうやら、実は、知り合いらしいが)

とにかくスタイルが良くて、美人だ。

性格もハキハキとして・・・認めたくはないけれど(絶対に認めないけれど)、慎重居士の圭太さんに・・・合うのかな・・・(それは嫌だ)

悶々として午前中を過ごし、お昼は「ボッチ」だ。

アッサリと食べ終え、窓から外を見ていたら、

「あ・・・気に入らん河合紀子と・・・」

「ますます、気に入らん圭太さんが歩いて来た」

で、悔しいから、「じっくり」観察してあげた。


要するに

「河合紀子は、圭太さんに、ホの字」(無理と思うよ、難攻不落の圭太さんだから)

「しかし、圭太さんはその気がない」だ。(多少、私の時よりは、やわらかな顔ではあるが)

が、観察結果だ。


これなら、「私も、まだまだ勝負を捨てない」と思っていたら・・・予想外の事が起こった。


メチャ可愛らしい「圭太さん」の声と同時に、スーツ姿も愛らしい美女(私より若い!)が圭太さんの前に飛び出したのである。(スーツ姿から、上の階の法律事務所の新人とわかった)


圭太さんと何かを話して、圭太さんは頷いた。(何と珍しい・・・あの頑固者が)

で、河合紀子は、「渋い」顔。(つまり、横取りされたのかな、面前で)


そこから難しいのは、圭太さんが、河合紀子の耳元で何かを言った。

河合紀子の目が大きくなって、圭太さんに「同情」するような顔だ。

「結局、仲がいいの?お二人さん」


マジに最悪だけど・・・鬼母の言葉まで、突然思い出してしまった。

「残念だけど、由紀では圭太君に重いだけ」

「生きている世界が違うの」

「圭太君に迷惑をかけないようにね」

鬼母の言葉は、「要するに圭太さんを諦めろ」ということ。


無理だよ、そんなの。

唇奪ったし、食べたし・・・

そんなの、簡単な気持ちでは、しない。

圭太さんも、逃げない、責任を取るって・・・


でもなあ・・・

あの圭太さんと、河合紀子の雰囲気は・・・よく見ると、すごくしっくり感がある。

まるで、長年の、いい関係みたい。(諦めないけれど)


しかし、また困惑だなあ・・・

あのスーツ姿新人は、可愛いし。

圭太さんは、ピチピチの若い子のほうがいいのかな。

(私は、曲がり角だ・・・曲がったかも)


そんなことはともかく、圭太さんからメッセージが来ない以上、私からしようと思う。(返って来るまで、連発攻撃も決めた)

とにかく、圭太さんと距離を置きたくないのだ。


でも、何と書けばいい?

「愛しています」は、見事に失敗した。(ありがとうございます、のほぼスルー返信だった)

「食べましょう」と胃袋を掴むのは、難しい。(小食のくせに、味に拘る時がある)

「飲みましょう」は無理。(私は酒乱だ、また押し倒したくなる・・・そのまま襲うかもだ)


結局、「映画デートに誘う」が最適と思った。(元日比谷高校の映画研究部だから、先輩に甘えようとも)

だから、メッセージを送った。

「圭太先輩、映画を見に行きましょう、夜でもいいです」


うれしいこと(驚くべきことだ)に、即返信があった。

「明日の夜ならOK、映画選びは任せる」


途端に、私の胸は、プルンと上を向いた。(それほど下を向いていたわけではないが・・・大きさそのものは、確かだ)

気になるお腹も、引っ込んだ。(気合が入った!)

「勝負下着を買って帰る」

「圭太さん、覚悟しなさい」

私の心は、最悪、曇天の空だったけれど雲が吹き飛んだ。

そして、一挙に「進軍ラッパ」が鳴り響いている。

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