第98話平野芳香は、強い。河合紀子の動揺。

圭太に声を掛けて来たのは、平野芳香だった。

小走りに、笑顔で掛けて来た。

圭太の隣の、河合紀子にも輝くような笑顔。

「平野芳香と申します、2階の法律事務所に勤務しています」

「圭太さんとは、私が小学生の頃からの、お付き合いです」

「よろしくお願いします!」


圭太は、冷静だった。

「隣の人は、河合紀子さん」

「銀座監査法人のスタッフ、僕とは公認会計士受験予備校時代で一緒だった」


河合紀子も冷静(装っているかもしれないが)

「河合紀子です」

「・・・幼なじみ?」


圭太は、返事が難しい。(とても本当のことは言えない)

「まあ、古い付き合いかな」で、流す。


平野芳香は、また、さわやかな笑顔。

「河合さんは、圭太さんの、彼女さんなんですか?」


河合紀子が答える前に、圭太が答えた。

「まさか、そんな恐れ多い、監査の先生をやってもらっている」

「格下も格下だよ」


ムッとした顔になる河合紀子には、かまわず、平野芳香が、仕掛けた。

「圭太さん、今夜のご予定は?」


圭太は、素直に答えた。

「ないよ、普通に定時で帰る」


平野芳香は、ますます笑顔。

「では、お付き合いをお願いします」

「監査法人の入り口で待っていますから!」


平野芳香は、圭太の返事は聞かない、そのままエレベーターまで小走り、乗ってしまった。


呆れて見ていた河合紀子は、圭太の足を軽く蹴った。

「あの子、彼女さんでしょ?」

「言いなさいよ、白状して!」


圭太は、「はぁ?」と首を横に振る。

「俺に彼女なんていない、いたことはない」

「まあ・・・あの子とは・・・いろいろあって」

「言えないが」


河合紀子は、煮え切らない圭太に、腹が立った。

「じゃあ、何なの?」

「マジにむかつく!」


圭太は、言葉を必死に選んだ。

「強いて言えば・・・俺より親父と関係が深い」

「母さんと親しかった」

「それ以上でも、それ以下でもない」

「俺も、実は、複雑なんだ・・・あの子には」


それでも、納得しない河合紀子に、耳元で「事情」を説明した。


河合紀子の表情が、変わった。

「ありえない・・・それ・・・」

「難しいよ、確かに・・・」

「うーん・・・」


圭太は2階を見上げた。

「同じビルだ・・・4月に入ったばかり」

「変なこともできない」


河合紀子は、「それはともかく」と、また圭太の足を蹴った。

「恐れ多いって何?私、モンスターなの?」


圭太は、答えない。

涼しい顔で、スタスタと歩いて行く。

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