第95話河合紀子の完落ち 圭太は深謀遠慮らしい

私、河合紀子は、本音で田中圭太から、マウントを取ろうと思っていた。

(実は、公認会計士受験予備校で何度か顔を合わせ、話もしたことがある)

(その時から、とんでもない程の作業、計算、分析の速さは、知っていた)

(会話も面白かった、話していて飽きない、いろんな本を読んでいるので、知識も豊富、表面的ではない深いやさしさが、好きだった)

(その話が面白くて、顔を見たくて圭太がアルバイトをしていた喫茶店に通ったりもした)

(ただ、圭太は、何も覚えていないのか、表情には出さない)


それと、公認会計士をストレート合格しながら、監査士にならなかったのが、そもそも気に入らなかった。

知人からの情報で、池田商事に就職したことを知った。

何と「馬鹿げた選択をしたものだ」と、正直落胆した。

監査法人の方が報酬も高いし、社会的地位も高い。

池田商事など、せいぜい、中堅の食品中心の商社に過ぎない。

「そこまでやる気がない男なら、どうでもいい」と、完全に見限っていた。(記憶からも消していた)


その田中圭太が、銀座監査法人に入ったことを知った時は、驚いた。

(法人内の、いわゆる社内報だった)

「どうして、今頃?」が、率直な感想。

その後、圭太が所属した部署(中堅会社を対象とする)の主任から、「圭太の転職の事情」を聞いた。

「あり得ない」と思った。

お母様の事情を言えない圭太も情けなかった。

何故、上司に相談をしないのか、それも疑問だった。

「そこまで、非情な商社なのか?」それも考えたけれど、それは監査に入りでもしなければ、わからない。


そんなモヤモヤもあったけれど、銀座監査法人に入ってからの、評判はすこぶる高かった。

「鋭くて、迅速で正確」「問題点を即座に発見、分析、改善策まで提案」

「厳しい監査をしながら、監査先の社長が喜ぶ監査人だ、滅多にいない」

少し不安があった。

圭太の「指導役」が、「明るいだけで、実は感情に走るだけの女」の佐藤由紀で大丈夫なのか、ということ。(専務高橋美津子は、日比谷高校の先輩後輩の関係で、佐藤由紀を指導役につけたらしい)

その不安は、当たった。

圭太は、佐藤由紀を、「フリ続け」、それでも感情に走る佐藤由紀は、圭太を追いかけ回しているらしい。(それでもフラれ、毎朝暗い顔で、圭太に文句を言うようだ)(まさに馬鹿な女の典型だ)


圭太が、第一監査部に異動になったのは、圭太の実力と、その佐藤由紀に「圭太を諦めさせるため」と、会長杉村忠夫から、内々に聞いた。

ただ、佐藤由紀との件は、「想定内」にしても、監査士としての実力は、私は知らない。

だから、圭太には、強気に迫った。(先輩監査士として、マウントを取ろうと思っていた)

(そもそも、池田商事を最初の就職先に選んだのも、実は今でも、気に入らなかったから)


ところがだ・・・


接待交際費の監査で、あっさりマウントを取られてしまった。

少し・・・何度も、挑発したけれど、無視された。(今では、実に恥ずかしい、私の愚行だ)

ここ数年の私の監査も、完全否定だ。(確かに圭太の視点が正しい、私の監査が甘かった、領収書の読み込みが、形式的過ぎた)

こうなったら、圭太に頭を下げるしかない。(心はボロボロ、足もガクガクしている・・・正直、泣きそうだ)

そこで苦笑い?(叱るなら叱って欲しい)(やさしくされると、好きになりそう)

(仕事でマウント取られて、心も取られた?この冷静を持ってなる私なのに)


圭太は、目を閉じて腕組み発言。

「何故、こんな処理をしたのか?」(耳が痛い、心も痛い、私の監査ミスが原因と思うから)

「この領収書を持って来た人、処理した人、両方に悪意を感じます」(確かに、うん)

「つまり、会社の金を騙し取ろうとする悪意」(意図的な不正で、刑事事件に?)

「もっと上からの指示でもあったのかもしれない」(怖いなあ・・・ドラマみたい)

「すこし注意して見れば、誰でもわかる、不審に満ちた経理処理」(ここに来て、また私は耳も心も痛い)


圭太は、目を開けて、じっと私を見た。

「とにかく、事実を列挙、整理しましょう」

「その後は、第一監査部全体で協議」

「そして、最終的判断は、難しいので、役員に委ねましょう」


圭太の言うことは、「妥当で正論」。

何故か、「ありがとう」と言ってしまった。

圭太は、恥ずかしそうな顔。

そして、今度は、私を恥ずかしくさせるような一言を放って来た。

「お久しぶり、紀子さん」(今頃?覚えていて、あの態度?でもうれしい・・・マウント取られたと言うより、完落ちだ・・・かなりヤバいかも)


ただ、今から思うと、圭太の「最終的判断は、難しいので、役員に委ねましょう」発言は、実に恐ろしいまでの「深謀遠慮」(私の保護もあった)に満ちていた、そう言わざるを得ない。


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